過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

「高校の時の健康診断で……指摘されました。」

雪乃は、少しだけ視線を落として言った。

「心室中隔欠損です。」

その瞬間、神崎の肩の力がふっと抜けるのが見えた。

「……なんだ、治るじゃないか。」

どさり、と音を立てて、背もたれに体を預ける。

心底ホッとしたような、医者としての反射のような言い方だった。

雪乃の胸の奥が、静かに痛んだ。

そう。

わかってる。

治る病気。

子どもの頃に見つかれば、多くは自然に閉じる。
閉じなくても、手術で治せる。

大人になっても、早めに処置すれば後遺症は少ない。

でも――それができなかった。

保険証がなかった。

父親が払っていなかった。

病院にかかることは、まず“誰か大人に頼らなければならない”という意味だった。

暴力を振るう父。

失踪した母。

誰にも頼れなかった。

健康のことを気にする余裕なんてなかった。

生き延びることで精一杯だった。

「……わかってます。治るって。」

雪乃は静かに言った。
けれど、その声には乾いた皮肉がにじんでいた。

「でも、治すには、お金と、誰かに頼る勇気がいりますよね。」

神崎はその言葉に、はっとしたように雪乃を見る。
けれど、彼女はそれ以上、何も言わなかった。

その目は、どこか遠くを見ていた。

治せたはずの病気を、治さなかった――いや、“治せなかった”自分。

医者からすれば、それはただの「選択肢の問題」かもしれない。

けれど雪乃にとっては、人生のど真ん中に突き刺さっている、過去そのものだった。