過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

意識がふっと浮上する。
瞼を上げると、視界の中で神崎が静かに動いていた。

「起き上がる? 苦しくない?」

彼はそっと雪乃の背を支えようとしていた。
その動きの優しさに、ふいに頬を冷たい感触が伝う。

……泣いてた。

気づかないうちに、涙が流れていた。
悲しかったから? 悔しかったから?
それとも、誰かに触れられたから――優しさに、触れたから?

神崎は言葉にしなかった。
ただ、濡れた髪をそっと指先で耳にかけ、目を合わせずに雪乃の手を包む。

「検査や治療費のことは、心配しなくていい。とりあえず、俺が支払う。
太客がブランドバッグを貢いだってことで、理解してほしい」

その冗談めいた言葉に、雪乃は一瞬、何も返せなかった。

「……そんなの、ダメです。いただけません」

声は震えていた。
それでも必死に、自分の中の線を越えたくなくて。

「もう少し、もう少しだけ……お金が貯まったら、ちゃんと検査も治療も受けますから」

神崎は、静かに首を振った。

「この体じゃ無理だよ。
出勤日を減らすか、日中の仕事をやめるか」

雪乃は、かぶりを振る。

「……いえ。日中の仕事は、楽しいから続けたい。まかないもあるし……。
でも、それだけじゃ生活はできないから……夜の仕事は、やめられないんです」

気持ちと、現実。
心の叫びと、生活の重み。

どちらも捨てられなくて、引き裂かれるような痛みがあった。

神崎は目を細め、ゆっくりと息を吸う。

「……じゃあ、明日、午前中。
俺のところで診るように手配する。予約は俺が入れる。
お金のことは、気にしないで」

雪乃の中に、少しだけ温かさが広がった。
同時に、押しつぶされそうな罪悪感が込み上げてくる。

キャバクラで働いてから、雪乃はタクシー代すら客から受け取ったことがなかった。
それは、くだらないプライドだったのかもしれない。

貢がれるために働いてるんじゃない――
そういう態度を崩さずにいた。

でも、結局やってることは同じ。
他の女の子と変わらない。
客に笑いかけて、媚びて、同じように、自分をすり減らして。

それでも――
神崎の「貢ぎ」は、違っていた。
欲しいのは、身体でも愛でもなくて――ただ、生きていてほしい、という、
あまりにまっすぐな願いだった。

だからこそ、胸が苦しかった。
嬉しさと、情けなさと、どうしようもない自分の現実と。
全部が、雪乃の中で絡み合っていた。