過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

神崎は、聴診器を外すと、静かに雪乃の服を整えた。

乱れた襟元を丁寧に戻し、ブランケットを肩元まで掛け直す所作には、どこか優しさと、そして少しのためらいが混ざっていた。

そのまま彼は、ベッドの横でしばらく空中を見つめたまま、何かを考えるような素振りを見せる。
雪乃は、言葉が来るのを待っていた。

「……病院に行くつもりはない?」

その言葉に、ああやっぱり、と心の中で呟いた。
わかっていた。
こんなに長く胸の音を聴かれて、何もないわけがないと。

神崎は、まっすぐに雪乃を見て、少しだけ声の調子を下げて話し始めた。

「少し前より、心雑音が強くなってる。
タイミングと範囲の広がりも、気になる。
これは、今の生活に無理があるっていう証拠です」

雪乃は黙って聞いていた。

「今みたいに、ふとした拍子に意識を失ったら、ご飯を食べている時、階段を降りている時……
そのまま転んだら、頭を打ったり、大怪我につながる可能性もある」

神崎の言葉は、静かだったけれど、突き刺さるような重みを持っていた。

「今は、昼も夜も働いているって聞いたけれど、もし僕が君の主治医だったら――その生活は止めなきゃいけないって言う」

それは、これまで距離を保ってきた神崎が、ついに一歩踏み込んできた瞬間だった。
言葉の奥にあるのは、医師としての責任感だけじゃない。
それよりもっと深い、感情だった。

きっと、ずっと心の中にあった本音を、ようやく打ち明けたのだ。
言うべきかどうか迷って、それでも伝えずにはいられなかったのだろう。

雪乃は、視線を逸らし、俯いた。
わかってる。
神崎が正しいことも。
今のままじゃ、いつか限界がくることも。

けれど、現実は厳しい。
今の貯金では、10割負担の治療費を払い続けることなんて、到底できそうになかった。

言い訳でも、否定でもなく、雪乃はただ、唇をかすかに震わせたまま、何も言えずに口を閉ざした。
沈黙の中で、重くのしかかる現実と、胸の奥に広がっていく不安に、じっと耐えていた。