過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

「お医者さんなんですか?」

そう問いながらも、雪乃の心には微かなざわつきが広がっていた。

――しまった、聞き返すべきじゃなかった。

この男は、他の客とは違う。

気まぐれに優しくしてくるわけでもなく、妙な下心を隠すわけでもない。

ただ淡々と、彼女の“隠しているはずのもの”を見抜こうとしてくる。

「……ああ。」

短く頷いたその言葉に、雪乃は小さく息をついた。

その呼吸が少しだけ震えていたことに、自分でも気づいていなかった。

医者――
その響きに、無意識に警戒心が跳ね上がる。
かつて、病院に行きたくても行けなかった。

保険証がなかったから。

父親の暴力がバレるのが怖かったから。

何より、自分の身体が本当に壊れていると認めるのが、怖かった。

「具合が悪い」と誰かに告げることは、自分の弱さをさらけ出すこと。
それを許される環境で、生きてこなかった。

だから、“平気なふり”をするのが習慣だった。

なのに、この男は。
言葉にしない部分を、当たり前のように見てくる。

怖い、と思った。
けれど、少しだけ――少しだけ、安堵している自分がいた。

誰にも気づかれなかった体の異変を、この人は迷いなく言葉にした。

「気が遠くなるなら、心臓か脳だ」
その一言で、何かが、揺らいでしまった。

“この人なら、知っているかもしれない”
そんな、ずっと捨てていたはずの希望めいた感情が、胸の奥で小さく灯った。

そしてその灯火を、自分自身がすぐに手でかき消そうとするのを、雪乃は止められなかった。