夜の空気は冷たく、足取りも重いまま、雪乃はようやく家の前にたどり着いた。
ほっと息を吐きかけたそのとき、不意に玄関前の薄闇に人影があるのが目に入る。

心臓が、どくんと跳ねた。
嫌な予感がした。

急いで歩み寄ると、そこには酔い潰れた父・タカシが、玄関の扉を背に寝転んでいた。

「……ちょっと、なにしてんの……」

低く、押し殺した声が漏れる。
どうしたって家に入れない。
無視しようにも、それすらできなかった。

「ちょっと、なんでここで寝てるの?」

声をかけると、タカシは顔を上げた。
赤らんだ顔に酒の臭い。
その目は濁り、焦点が合っていない。

「おっ、雪乃ちゃーん……お金用意した?」

その一言に、雪乃の中で何かがぷつんと切れた。

「……だから、もう渡せないって言ったでしょ」
「生活ならまだしも、ギャンブルに使うお金なんて……もう連絡してこないで」

その瞬間、タカシの目がギラリと光った。

「は? 誰に向かって口聞いてんだよ」
「誰のおかげでここまで大きくなったと思ってんだよ!」

立ち上がりながら、怒鳴るように言い放つ。
その声音に、近所中に響き渡るのではと背筋がぞっとした。

「やめて、大きい声出さないで、迷惑だから……」

雪乃が抑えるように言うと、

「だから黙れって言ってんだよッ!」

怒号と同時に、タカシの手が雪乃の胸ぐらを掴んだ。
次の瞬間、背中が玄関扉に叩きつけられる。

ぐらりと視界が揺れた。
痛みと恐怖が同時に襲ってくる。
だけど、それ以上に、心臓が異様な速さで暴れていた。
バクバクと鳴る鼓動が、耳の奥で響く。

逃げなきゃいけない。
でも、負けたくない。

「……いい加減にして……」

かすれた声で、雪乃は言葉を続けた。
「私は、命削って働いて、稼いでる」
「なんで……なんで、大人のあなたに奪われなきゃいけないの!」

叫んだつもりだった。
でも、実際に口から出たのは、小さく、震える声。

意識がぼやける中で、それでも必死に父を睨みつけた。
怒りと、悔しさと、どうしようもない悲しみが混ざった視線で。

雪乃の胸の奥で、心臓は苦しげに、けれど力強く脈を打っていた。