部屋の片付けを始めたのは、ただの気まぐれじゃなかった。

埃を払って、散らかっていた雑誌を捨てて、洗濯物もたたんでしまう。

掃除機をかけて、拭き掃除まで丁寧にこなす。

以前なら、どこかで「今この瞬間、心臓が止まってもおかしくない」と思っていた。

だから、部屋は常に片付けておかなければ、という妙な覚悟があった。

誰かが自分を見つけたときに、だらしない部屋では恥ずかしい。

そんな思考が支配していた。

今も、その感覚が完全に消えたわけじゃない。
部屋を整えるたび、「もしもの時」を考える癖はまだ抜けきらない。

でも、今日はどこか違っていた。

洗面所の鏡を拭きながら、ふと自分の顔を映す。

前よりも少し、頬に色が戻っている気がした。

目の奥にあった諦めの影が、薄くなっている。

「この先も、生きていくんだ」
そう思えた。

まだお金も足りないし、病気も残っている。

でも、少しずつ前へ進めている。

未来に向かって、ちゃんと歩こうとしている。

それは誰に見せるでもない、自分自身への決意だった。

生きるための選択を、ようやく自分の意志でし始めた。

だからこそ、掃除も洗濯も、ただの義務じゃなかった。

今の生活を、自分のものとしてちゃんと整えていく。
それが、今の雪乃にとっての「前向き」だった。