夏の日差しがカーテン越しに射し込み、病室がやわらかな明るさに包まれている。
今日は、退院の日。

病室のソファには、きちんと畳まれたパジャマが置かれており、雪乃は涼しげなリネン素材の白いブラウスに、ラフなベージュのワイドパンツという軽やかな私服姿でベッドに座っていた。

髪も軽く整え、ほんのりとしたリップの色味が、病み上がりとは思えないほど明るい印象を与えている。

間もなくノックの音とともに、滝川がやってきた。

「お、退院美女はここかな〜? 最後の診察、名残惜しくてサボろうかと思ったんだけどな」

白衣を揺らしながら飄々と近づいてくる滝川に、雪乃は思わず微笑む。

「サボったら、外来も不安です」

「はいはい、そう言うと思った。じゃあちゃんと診察しまーす」

聴診器を当てながら滝川はぶつぶつ。

「呼吸音もOK、心音もきれい、血圧も問題なし。……はい、文句なしで合格です」

「ありがとうございます」

「退院後も無理しないこと。発熱や息切れがあれば、すぐに連絡してくれ。俺はこれから外来でのんびりフォローする係だし」

雪乃がしっかり頷くと、隣で担当看護師の遠藤が満面の笑みを浮かべて声をかける。

「雪乃ちゃん、本当におめでとう。顔色もいいし、すごく頑張ったよね」

「ありがとうございます、遠藤さん。いっぱい助けてもらいました」

「これからはもう倒れないようにね! 退院はお別れじゃなくて、次のステージの始まりだから」

そう言って優しく肩をぽんと叩いたそのとき——
廊下から軽やかな足音が聞こえてきた。

私服姿の神崎がナースステーションの方から現れる。
白シャツに黒のスラックス、いつもの白衣とは違う柔らかい印象をまとっている。

「準備、できた?」

そう言って雪乃の隣に腰を下ろす神崎に、雪乃は頷きながら微笑む。

「うん、全部終わったよ。ありがとう、迎えに来てくれて」

「当然でしょ。家、帰ろう」

そのふたりの様子を見て、滝川が肩をすくめて呟いた。

「んー……なんだか、見てはいけない空気になってるな。俺、帰っていい?」

「滝川先生、朝から面倒くさいです」

神崎がさらりと返すと、遠藤が吹き出した。

「ふふっ、いいですね〜。愛されてるって」

「うるさいなぁ。俺だって、仕事に愛されてるんだぞ」

滝川がふてくされるように言うと、また一同に笑いがこぼれた。

神崎が立ち上がり雪乃の荷物を手に取り、彼女にそっと手を差し出す。

「じゃ、行こう。今日は暑いけど、少しずつ日常に戻っていこうな」

「うん」

手を取って立ち上がる雪乃。
その姿は、もう患者ではない——これからを生きていく彼女自身だった。