夕方、病室のドアがノックされ、滝川がカルテ片手に入ってきた。
白衣の裾をひらりと揺らしながら、軽やかな足取りでベッドへ向かう。
「さて、お姫様。最終チェックに来ましたよ。明日、いよいよ卒業式だからね」
「……お姫様は言い過ぎです」
雪乃が小さく笑うと、滝川は肩をすくめてみせる。
「いやいや、驚異的な回復力を見せてくれた患者さんには、それくらい言いたくなるよ。術後からの経過、文句なし。数値も安定、リハビリの進み具合も早かったし」
横にいた神崎が、やや誇らしげな目で雪乃を見やる。
「よく頑張ったからな、本人が」
そう言いながら、当たり前のように雪乃の手を取る。
そして、さりげなく親指で甲を撫でるようにして、やさしい声で続けた。
「……本当によくやった。えらい」
その甘すぎるトーンに、雪乃はほんのり頬を赤らめる。
看護師がベッドサイドに控えているにも関わらず、神崎はまったく動じない。
むしろ、他に誰がいようと関係ないというように、彼女を見つめる瞳はまっすぐだった。
滝川が苦笑する。
「そりゃ、こんだけ甘やかされてたら回復も早いはずだわ。……はい、診るよ。深呼吸して」
雪乃は背筋を伸ばし、素直に息を吸う。
滝川が胸に聴診器を当て、真剣な目で音を確認している間も――
神崎は離れた手を、さりげなく雪乃の肩に添えていた。
そっと包み込むように撫でながら、まるで「ここにいるから大丈夫」と伝えるように。
滝川はちらりと横目でそれを見て、呆れたように笑う。
「いやもう、ほんとに……この人、職場でもこのテンションなんですか?神崎先生、完全に保護者だよ」
「否定しません」
神崎はきっぱり答えたあと、今度は雪乃の髪を指先でそっと整える。
まるで子どもをあやすような仕草だったが、彼の表情には揺るがない真剣さがあった。
「だって、ちゃんと見ていたい。見逃したくないんだ。少しでも異変があれば、すぐに気づけるように」
「それ、医者としての台詞じゃないね。ほぼ恋人の愛の宣言」
「それも否定しません」
真顔で言い切る神崎に、滝川も看護師も思わず吹き出した。
雪乃は恥ずかしさにうつむきかけるが、神崎が指先でそっと顎を持ち上げ、視線を合わせてくる。
「……自分が頑張ってきたことに、もっと自信を持て。俺にとっては、雪乃が一番すごいんだから」
「……もう、ここ病室……」
「関係ない。俺の前では、いつだって一番甘やかされる権利がある」
その言葉に、雪乃はつい目を潤ませながらも、笑って頷いた。
滝川が咳払いをして話を戻す。
「まあ、何にせよ。ここまでよく来たよね。手術、受けてくれてありがとう。ほんとに」
「……先生たちのおかげです。支えてもらえたから、ちゃんと向き合えました」
「うん。その強さが、今の結果に繋がってる。自信持って」
カルテを閉じた滝川は、最後に軽口を飛ばす。
「じゃ、明日は晴れて退院。……でも、彼氏の過保護っぷりにはくれぐれも注意ね。退院説明、本人より彼にした方がいいかも」
「私もそう思います……」
雪乃が少し呆れながら笑うと、神崎は雪乃の肩に手を置いたまま、涼しい顔で言った。
「じゃあ、全部説明してください。細かい投薬スケジュールも、生活の注意点も、ぜんぶ覚えますから」
「……過保護っていうより、執念深いですね」
「それも否定しない」
また重なる言葉に、病室は再びあたたかい笑いに包まれた。
その真ん中で、雪乃はふと思った。
(こんなふうに、誰かに“守られてる”って思えることが、こんなにも心強いなんて――)
愛されているという実感が、甘く、やさしく胸にしみていく。
退院を前にした病室は、まるで彼の腕の中のように、あたたかかった。
白衣の裾をひらりと揺らしながら、軽やかな足取りでベッドへ向かう。
「さて、お姫様。最終チェックに来ましたよ。明日、いよいよ卒業式だからね」
「……お姫様は言い過ぎです」
雪乃が小さく笑うと、滝川は肩をすくめてみせる。
「いやいや、驚異的な回復力を見せてくれた患者さんには、それくらい言いたくなるよ。術後からの経過、文句なし。数値も安定、リハビリの進み具合も早かったし」
横にいた神崎が、やや誇らしげな目で雪乃を見やる。
「よく頑張ったからな、本人が」
そう言いながら、当たり前のように雪乃の手を取る。
そして、さりげなく親指で甲を撫でるようにして、やさしい声で続けた。
「……本当によくやった。えらい」
その甘すぎるトーンに、雪乃はほんのり頬を赤らめる。
看護師がベッドサイドに控えているにも関わらず、神崎はまったく動じない。
むしろ、他に誰がいようと関係ないというように、彼女を見つめる瞳はまっすぐだった。
滝川が苦笑する。
「そりゃ、こんだけ甘やかされてたら回復も早いはずだわ。……はい、診るよ。深呼吸して」
雪乃は背筋を伸ばし、素直に息を吸う。
滝川が胸に聴診器を当て、真剣な目で音を確認している間も――
神崎は離れた手を、さりげなく雪乃の肩に添えていた。
そっと包み込むように撫でながら、まるで「ここにいるから大丈夫」と伝えるように。
滝川はちらりと横目でそれを見て、呆れたように笑う。
「いやもう、ほんとに……この人、職場でもこのテンションなんですか?神崎先生、完全に保護者だよ」
「否定しません」
神崎はきっぱり答えたあと、今度は雪乃の髪を指先でそっと整える。
まるで子どもをあやすような仕草だったが、彼の表情には揺るがない真剣さがあった。
「だって、ちゃんと見ていたい。見逃したくないんだ。少しでも異変があれば、すぐに気づけるように」
「それ、医者としての台詞じゃないね。ほぼ恋人の愛の宣言」
「それも否定しません」
真顔で言い切る神崎に、滝川も看護師も思わず吹き出した。
雪乃は恥ずかしさにうつむきかけるが、神崎が指先でそっと顎を持ち上げ、視線を合わせてくる。
「……自分が頑張ってきたことに、もっと自信を持て。俺にとっては、雪乃が一番すごいんだから」
「……もう、ここ病室……」
「関係ない。俺の前では、いつだって一番甘やかされる権利がある」
その言葉に、雪乃はつい目を潤ませながらも、笑って頷いた。
滝川が咳払いをして話を戻す。
「まあ、何にせよ。ここまでよく来たよね。手術、受けてくれてありがとう。ほんとに」
「……先生たちのおかげです。支えてもらえたから、ちゃんと向き合えました」
「うん。その強さが、今の結果に繋がってる。自信持って」
カルテを閉じた滝川は、最後に軽口を飛ばす。
「じゃ、明日は晴れて退院。……でも、彼氏の過保護っぷりにはくれぐれも注意ね。退院説明、本人より彼にした方がいいかも」
「私もそう思います……」
雪乃が少し呆れながら笑うと、神崎は雪乃の肩に手を置いたまま、涼しい顔で言った。
「じゃあ、全部説明してください。細かい投薬スケジュールも、生活の注意点も、ぜんぶ覚えますから」
「……過保護っていうより、執念深いですね」
「それも否定しない」
また重なる言葉に、病室は再びあたたかい笑いに包まれた。
その真ん中で、雪乃はふと思った。
(こんなふうに、誰かに“守られてる”って思えることが、こんなにも心強いなんて――)
愛されているという実感が、甘く、やさしく胸にしみていく。
退院を前にした病室は、まるで彼の腕の中のように、あたたかかった。



