エレベーターの扉が開くと、廊下の先に滝川の姿があった。
白衣の裾を揺らしながら戻ってきた彼は、ちょうど神崎とすれ違う場所で足を止める。

「お疲れさまです」
神崎が声をかけると、滝川は軽く頷き、口元だけで笑った。

「今、ICUに移したところだ。麻酔からも順調に覚めてる。バイタルも問題ない」
「……ありがとうございます」
神崎の声には、言いようのない安堵と感謝が滲んでいた。

滝川は腕を組みながら、神崎の顔をじっと見る。

「お前の判断は、正しかったな」

「……手術に踏み切る決断をしたのは、雪乃です。俺は――背中を押しただけです」

「そうかもな」
そう言いながら、滝川はふっと視線を外す。
が、すぐに言葉を続けた。

「けど、あの子が『ここで生きていい』と思えたのは、お前がいたからだ」

一拍置いて、彼は神崎の肩を軽く叩いた。

「行ってやれ。まだぼんやりしてるかもしれんが、お前の顔を見たら、安心する」

その言葉に、神崎はただ小さく頷いた。
胸の奥で、じわりと熱いものが広がっていく。

「……行ってきます」

滝川はその背中を見送りながら、わずかに目を細めた。

(大切にしてやれよ。命も、気持ちも――全部)

口には出さずとも、彼のまなざしが静かにそう語っていた。