午後５時過ぎ。
日中の慌ただしさが一段落した病棟の一角で、手術前の最終カンファレンスが始まっていた。

大きな会議テーブルを囲んでいるのは、執刀医の杉村英司、助手を務める外科医二人。

そして主治医の滝川、主担当の神崎、手術室看護師と心臓外科病棟・循環器病棟の看護師、遠藤。

各部署の担当が顔をそろえ、明日の手術に向けた詳細な確認が行われていた。

モニターに映し出されたのは、雪乃の心臓の画像。
杉村が指示棒で要点を示しながら、静かに説明を始める。

「手術は明日の朝一番、第一手術。心室中隔欠損は膜様部、感染性心内膜炎の瘢痕も軽度で、パッチ閉鎖術を予定している。開心術だが、難易度としては中等度。助手は佐伯と高田」

モニターを切り替え、杉村が続ける。

「心停止時間はおそらく一時間前後。術中合併症のリスクはあるが、年齢と体力を踏まえれば許容範囲内。
問題がなければ術後はICUに24時間、安定すれば翌日に心臓外科病棟に転棟させる予定」

滝川が補足するように、落ち着いた口調で話を継ぐ。

「感染はコントロールできているし、精神的にも落ち着いている。循環動態が安定していれば、心外病棟で術後5日間、その後は循環器内科に転棟して全身状態のフォローと退院調整を進める。
トータルの入院期間は2週間前後を見ている」

遠藤がメモを取りながら頷いた。

「転棟後の支援は包括支援センターとも連携します。退院時、生活面の不安があれば福祉相談も入れますね」

神崎は静かにうなずいた。
何度も見てきた手術の準備。でも今回は違う。
患者が、雪乃であるということが、心の奥に重く沈んでいた。

「彼女には今朝も話をしました。術前不安はあるけど、理解と納得は得られています。
同意書も確認済みです」

手術室看護師が確認するように訊いた。

「患者さん、入室は９時予定でいいですか？」

「はい。9時開胸開始を予定してます」
杉村がすぐに答える。

最後に滝川が、部屋全体に目をやりながら締めくくった。

「大きな手術になる。全員で共有して、無事に送り出し、そして帰ってきてもらおう。よろしくお願いします」

静かに頭を下げると、それぞれが自分の部署へと戻っていった。
残った神崎は、モニターの消えた画面をしばし見つめていた。

あの小さな身体にメスが入るという現実。
胸の奥が、重く、でも決して揺らがない意志で満たされていた。

――絶対に、守る。

その決意だけを胸に、神崎は手帳を閉じて立ち上がった。