過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

「マナカちゃん、また綺麗になったね〜」

「またまた、茂さん。みんなにそう言ってるんでしょう?」

──50歳を過ぎたおじさんが、女の子にチヤホヤされてご満悦。
この光景に、もう何度、無表情で相槌を打ったかわからない。

雪乃はグラスを満たしながら、斜め前のやり取りに冷めた視線を送っていた。
今日も、いつも通りの夜。いや、むしろいつも以上に退屈かもしれない。

ため息を飲み込みかけたとき、ボーイの篠原がさりげなく目配せをよこす。
──“顔に出てる”。そう言いたいのだろう。

雪乃は無言でうなずき、ヘルプから外れると、初回客の席へと向かった。

仕切り直しだ。

作り笑顔を浮かべて、丁寧な口調で声をかける。

「初回担当のナナです。何かお飲みになりますか?」

返ってきたのは、あまりにあっさりした返事だった。

「お茶。水」

──キャバクラで水って。
あまりの意外さに、笑いそうになったのを堪える。

売上にもならないし、時間だけが無為に過ぎていく。
正直、早く終わってほしい──そんなことを思いながらも、表情は崩さない。
けれど次の瞬間、男がぽつりと言った。

「暇そうだな」

「……えっ? いえ、そんなこと……」

虚を突かれ、思わず素が出た。
思い返せば、この仕事を始めてから、こういう切り口で話しかけられたことなんてほとんどなかった。

「顔に“暇だ”って書いてあるぞ」

やっぱり。
営業スマイルが薄れかけていたのを、見抜かれたらしい。

──何なの、この人。

何を考えてるのか全然わからないのに、なぜか、目だけはやけに印象に残った。
静かで、冷めているようで、でもどこか奥に熱を秘めているような──

雪乃は、自分の気持ちが少しだけ乱れるのを自覚していた。

「では、缶チューハイ、いただきますね」

本当は、こんな夜は早く終わってほしかった。
でも、なぜだろう。
さっきまで感じていた“どうでもいい”という空気が、ほんの少しだけ和らいでいた。

(──変な人。でも、忘れられない)

そんな予感だけが、妙に胸に残っていた。