朝、神崎はいつも通り白衣に袖を通し、他のスタッフより少し早めに病院に入った。
自分が診察にあたるのは今日が最後になるかもしれない、そう思うと、何でもない朝が少しだけ特別に感じられた。
一方、雪乃は予約時間に合わせて1人で病院を訪れていた。
久しぶりの病院に、少しだけ緊張しながらも、「ひとりで来るのも練習」と自分に言い聞かせる。
受付を終えて、待合で呼ばれるまでの時間、落ち着かない指先を膝の上でそっと重ねる。
──診察室に呼ばれると、そこには白衣姿の神崎が待っていた。
「よく来たね。迷わなかった?」
「うん。ちゃんと1人で来れたよ」
「偉い」
そう言って微笑む神崎の顔を見ると、ふわりと緊張が解けていく。
いつもと変わらない手つきで、神崎は雪乃の胸に聴診器をあて、検査結果を確認する。
「問題なし。数値は安定してる。体重も戻ってきてるし、食事もちゃんと摂れてる証拠だね」
「ちゃんと監視されてるからね」
冗談めかして返すと、神崎は少しだけ照れたように笑った。
そんな中、コンコンとノックの音がして診察室の扉が開く。
「久しぶり〜、雪乃さん。元気そうでよかった」
入ってきたのは、滝川だった。
白衣を着ていても、どこか砕けた雰囲気で、雪乃に軽く手を振る。
「お疲れさまです。……今日から、担当変わるんですよね?」
「うん、そう。じゃあ改めて──今日から主治医を引き継ぎます、滝川です。よろしくね、神崎の彼女さん」
「……っ」
雪乃は一瞬言葉に詰まり、神崎の方をちらりと見る。
神崎は少し眉をひそめて滝川に目をやった。
「滝川先生、冗談はほどほどにしてください」
「はいはい。まあ、親しみを込めて、ね」
滝川は笑いながら椅子に座り、雪乃のカルテに目を通したあと、真面目な表情に戻る。
「冗談はここまでにして──今日は少し大事な話をさせてもらうね」
雪乃も神崎も、自然と背筋を正す。
「今回の入院で、感染性心内膜炎を発症したことは、もう説明を受けてるよね?」
「……はい」
「実はこれが厄介でさ。心室中隔欠損症があると、そこに細菌が付着しやすくて、心内膜炎を繰り返すリスクがある。抗生剤でいったんは抑えられても、また次が来る可能性は高い」
滝川は手元の資料を指しながら、静かに続ける。
「だから、僕としては──手術を強く勧めたい。欠損部を閉鎖することで、感染のリスクも心不全の進行も抑えられる。もちろん、術前検査はしっかり行うし、タイミングも慎重に見極める。でも、将来のリスクを下げるためには、避けて通れないと思ってる」
雪乃は少し黙ったまま、滝川の言葉を受け止めようとしていた。
神崎はそんな彼女の様子を見守りながら、ゆっくりと補足する。
「これからも僕はチームの一員として、ずっと君のそばにいる。術後も、ずっとフォローするから。……怖がらなくていい」
雪乃はようやく視線を上げ、2人の医師の顔を見た。
「わたし……ちゃんと、考えてみる。逃げたくないから」
その小さな声には、確かな決意が込められていた。
自分が診察にあたるのは今日が最後になるかもしれない、そう思うと、何でもない朝が少しだけ特別に感じられた。
一方、雪乃は予約時間に合わせて1人で病院を訪れていた。
久しぶりの病院に、少しだけ緊張しながらも、「ひとりで来るのも練習」と自分に言い聞かせる。
受付を終えて、待合で呼ばれるまでの時間、落ち着かない指先を膝の上でそっと重ねる。
──診察室に呼ばれると、そこには白衣姿の神崎が待っていた。
「よく来たね。迷わなかった?」
「うん。ちゃんと1人で来れたよ」
「偉い」
そう言って微笑む神崎の顔を見ると、ふわりと緊張が解けていく。
いつもと変わらない手つきで、神崎は雪乃の胸に聴診器をあて、検査結果を確認する。
「問題なし。数値は安定してる。体重も戻ってきてるし、食事もちゃんと摂れてる証拠だね」
「ちゃんと監視されてるからね」
冗談めかして返すと、神崎は少しだけ照れたように笑った。
そんな中、コンコンとノックの音がして診察室の扉が開く。
「久しぶり〜、雪乃さん。元気そうでよかった」
入ってきたのは、滝川だった。
白衣を着ていても、どこか砕けた雰囲気で、雪乃に軽く手を振る。
「お疲れさまです。……今日から、担当変わるんですよね?」
「うん、そう。じゃあ改めて──今日から主治医を引き継ぎます、滝川です。よろしくね、神崎の彼女さん」
「……っ」
雪乃は一瞬言葉に詰まり、神崎の方をちらりと見る。
神崎は少し眉をひそめて滝川に目をやった。
「滝川先生、冗談はほどほどにしてください」
「はいはい。まあ、親しみを込めて、ね」
滝川は笑いながら椅子に座り、雪乃のカルテに目を通したあと、真面目な表情に戻る。
「冗談はここまでにして──今日は少し大事な話をさせてもらうね」
雪乃も神崎も、自然と背筋を正す。
「今回の入院で、感染性心内膜炎を発症したことは、もう説明を受けてるよね?」
「……はい」
「実はこれが厄介でさ。心室中隔欠損症があると、そこに細菌が付着しやすくて、心内膜炎を繰り返すリスクがある。抗生剤でいったんは抑えられても、また次が来る可能性は高い」
滝川は手元の資料を指しながら、静かに続ける。
「だから、僕としては──手術を強く勧めたい。欠損部を閉鎖することで、感染のリスクも心不全の進行も抑えられる。もちろん、術前検査はしっかり行うし、タイミングも慎重に見極める。でも、将来のリスクを下げるためには、避けて通れないと思ってる」
雪乃は少し黙ったまま、滝川の言葉を受け止めようとしていた。
神崎はそんな彼女の様子を見守りながら、ゆっくりと補足する。
「これからも僕はチームの一員として、ずっと君のそばにいる。術後も、ずっとフォローするから。……怖がらなくていい」
雪乃はようやく視線を上げ、2人の医師の顔を見た。
「わたし……ちゃんと、考えてみる。逃げたくないから」
その小さな声には、確かな決意が込められていた。



