過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

食後の食器を片付けたあと、ふたりはいつものようにソファに並んで座っていた。
テレビはついていたけれど、見ているわけでもなく、ただ部屋の中に柔らかな時間が流れていた。

「そうだ、雪乃」

ふと、大雅が声をかけた。
湯呑に手をかけていた雪乃が、ゆっくり顔を向ける。

「明日、定期検診だからね。朝10時。……サボらないでちゃんと来るんだよ」

「サボれるわけないでしょ。ずっと主治医が隣にいるのに」

雪乃はくすっと笑いながら、冗談めかして言った。

「うん、そりゃそうだね」

大雅も少し笑ったあと、言葉を探すようにわずかに間を置いた。
そして、真面目な声で続ける。

「……明日、改めて話すつもりだったけど。今のうちに言っておこうと思って」

「え?」

雪乃の笑顔が、少しだけ揺れる。

「主治医、交代しようと思ってる」

その言葉に、雪乃の目がわずかに見開かれた。
身体もほんのわずかに強張って、大雅の顔をじっと見つめる。

「どうして……?」

彼女の声は、ごく小さく、少し震えていた。

「……医者としてのルールというか、倫理の話なんだけどね」

大雅は雪乃の手をそっと取った。
その手は少しひんやりとしていて、彼は自分の手で包むようにしながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「主治医と患者が、こういうふうに親しくなりすぎるのは……診療の中立性や判断に影響する可能性がある。だから、本来はよくないんだ」

「でも……私は、大雅さんじゃなきゃ嫌で……」

「……ありがとう」

静かに、大雅は微笑んだ。
その優しさがあまりにも深くて、雪乃の目がまたわずかに潤む。

「滝川先生に、ちゃんと事情を話してある。本人も“雪乃さんが納得してくれるなら”って、引き継ぐつもりでいてくれてる」

「……そっか」

雪乃は小さく頷いた。
でも、言葉にはならない何かが胸に詰まっているようで、うつむいたまま、声を発せずにいた。

「もちろん、俺は主治医じゃなくなっても、ずっとそばにいるよ」

その一言とともに、大雅は雪乃の手をもう一度しっかりと握った。
まるで、その手を決して手放さないと誓うように。

「医者としてじゃなく、人として。これからはもっと、ちゃんと向き合いたいから」

雪乃はその手を見つめたまま、ゆっくりと息を吸い込む。
そして、大雅の目を見て、かすかに微笑んだ。

「……わかった」

その声は小さくても、確かな覚悟と安心を含んでいた。
その夜、ふたりの間にあったのは、言葉では表しきれない、信頼と愛情の静かな繋がりだった。