朝の陽ざしがやわらかく店先を照らしていた。
小さなのれんが風に揺れる。
雪乃は、久しぶりにその「きくの」の扉を開いた。

「……おはようございます」

遠慮がちに声をかけると、店内にいたおばあちゃんがすぐに顔を上げた。

「雪乃ちゃん！」

満面の笑みで駆け寄ってきたおばあちゃんは、ふわりと彼女を抱きしめた。
その小さな体からは思いがけないほどの力強さと、懐かしいぬくもりが伝わる。

「もう……ほんとに、ほんとに心配したんだからねぇ……！よく戻ってきてくれたよ……」

雪乃はその言葉に、胸の奥がじんとあたたかくなるのを感じながら、小さく頷いた。

「ごめんなさい、しばらくご無沙汰しちゃって。でも、また少しずつ戻れたらって……」

「もちろんよ！調子がいい日だけでいいの。無理なんてさせるもんですか。ほら、座って、ちょっとお茶でも飲んでからね」

奥からはおじいちゃんも出てきて、にこにこと目を細めながら、「元気そうで何より」と声をかけてくれた。

店の裏手にある小さな休憩スペースで一息ついたあと、雪乃はエプロンをつけて、久しぶりの厨房に立った。

「じゃあ、まずは配膳と詰めの手伝いからお願いしようかな。まだ本調子じゃないだろうから、休み休みね？」

「はい、ありがとうございます。がんばります」

あふれるほどの歓迎の中で始まった復帰初日。
湯気の立つ炊きたてのごはんの香り、揚げ物の音、そして笑い声の混じる調理場の空気が、懐かしく心地よかった。

「……帰ってきたんだなぁ」

雪乃はふと、そう思った。
温かく迎えてくれる場所があるという事実が、何よりも心強かった。

そして心のどこかで、「ただいま」と、誰にともなく呟いていた。