夕食を終えるころには、外はすっかり夜の色に染まっていた。
皿を重ねて片づけようとする雪乃の手を、神崎がそっと止める。

「いいよ。片づけは俺がやるから、ソファで休んでて」

「でも──」

「ほら、長風呂禁止の次は、無理しないこと。でしょ?」

雪乃は苦笑して素直に頷き、ダイニングからリビングのソファへと移動した。
テレビはつけず、カーテンの隙間から覗く夜景だけが、部屋にやさしい光を落とす。

ほどなくして、神崎も片づけを終えて戻ってくる。
雪乃の隣に腰を下ろすと、自然な流れでふたりの肩が触れ合った。

静かな時間。
キッチンの音も、街の喧騒も、ここには届かない。

「……あのね、大雅さん」
雪乃が小さな声で口を開いた。

「私、ちゃんと治って、もっと元気になったら……もう一度、自分のやりたいことを見つけたいです」

「うん」

「今まで、ずっとその日暮らしで、自分を守ることで精一杯だったけど……これからは、誰かの力になれる人になりたいなって、思ってる」

神崎は言葉にせずに、雪乃の手を取り、そっと指を絡めた。

「きっと、なれるよ」
彼の声は低く、やわらかく、雪乃の胸に沁みていく。

「優しいって、すごく強いことだから。雪乃には、その強さがある」

少しの沈黙が流れたあと、雪乃は不意に笑う。

「そんなふうに言ってもらえると、がんばれそう」

神崎は雪乃の髪に手を伸ばし、そっと撫でた。
繊細な動作は、まるで彼女をひとつの祈りのように扱っているようだった。

「今日も、明日も。無理しないで、でも、前に進もう。俺は……その隣にいさせてほしい」

雪乃は頷き、神崎の胸に寄りかかる。

「ありがとう。大雅さんがいてくれるなら、たぶん、大丈夫」

そのままふたりは、寄り添ったまましばらく言葉を交わさず、静けさを分け合うように時を過ごした。

そして、ふと神崎が雪乃の額に口づけを落とす。
優しく、短く──でもその想いは、言葉より深く伝わってくる。

雪乃も、そっと目を閉じる。

愛おしさと安心に包まれて、夜はゆっくりと更けていく。