過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

次に電話をかけたのは――
以前、ほんの短い期間だったけれど、心から安心できた場所。
お弁当屋「きくの」。老夫婦がふたりで切り盛りしている、小さな店だ。

コール音が一度鳴っただけで、受話器の向こうから元気な声が響いた。

「はい、『きくの』です」

「……あの、雪乃です」

一瞬の沈黙のあと、パッと花が咲いたような声が返ってきた。

「まぁ、雪乃ちゃん! ……退院したのね!? 本当によかった……もう、心配で心配で……!」

電話越しでも、声の震えが伝わってくる。

「ごめんなさい。連絡もできなくて……でも、今はもう大丈夫です。少しずつ、体力も戻ってきていて……それで、また、少しずつ……お店、手伝えたらと思って……」

「もちろんよ、もちろん。雪乃ちゃんが帰ってきてくれるなんて、こんなに嬉しいことはないわ」

「ただ……あんまり長くは動けないので、調子のいい日だけ、少しだけでも……って」

「そんなの気にしなくていいの。あなたの元気な顔が見られるだけで、私たちは嬉しいのよ。ほんとにね……あんなに頑張って、乗り越えて……えらかったわねぇ」

優しい言葉に、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。

「焦らなくていいから。まずはしっかり休むのよ。元気な日があったら、ちょこっと顔を出してくれるだけでいいの。……でもね、ほんとは一番早く、あなたの笑顔が見たいのよ」

「……ありがとうございます」

受話器を持つ手が少し震えた。
涙が落ちるのをこらえながら、雪乃は小さく微笑んだ。

心配してくれる人がいる。
帰りを待ってくれる人がいる。

それだけで、また一歩、前に進める気がした。