食後、薬の入った小さなケースを取りに神崎が席を立つ。
雪乃は水を一口飲みながら、その背中を見送った。
整った肩のライン、無駄のない動き、けれどどこか穏やかさをまとったその所作に、少しずつ日常が馴染み始めているのを感じる。
「はい、これ飲もうか」
戻ってきた神崎が、手のひらに錠剤を乗せて差し出す。
雪乃は頷いて、それを受け取り、水で流し込んだ。
「……はい、任務完了」
「偉いね」
そう言って、神崎が優しく笑う。
「褒められると、ちょっと照れるな」
「でも、ちゃんとできることを続けていくのって、すごいことだよ」
神崎の声は静かで、けれど芯があった。
雪乃は自然と笑って、「じゃあ、続けられるように見張ってて」と、少しだけ甘えてみせる。
「ずっと、見張ってるよ」
言葉の重みは冗談には聞こえなかった。
そのままふたりは後片づけを済ませ、照明を落としたリビングに並んで座った。
カーテンの隙間からは、街の灯りがぽつぽつと見えている。
昼間とは違う、静かでやわらかな世界。
肌に触れる空気も、どこかしっとりとしていて、心の奥まで染み込んでくる。
雪乃がふと口を開く。
「ねぇ、先生……こんな風に、誰かと同じ時間を過ごすのって、ほんとにあったかいんだね」
神崎はその横顔を見つめたまま、言葉を選ぶように少し黙った。
そして、ぽつりと。
「人と一緒にいることって、弱さを見せ合うことでもあるから……でも雪乃は、弱さをちゃんと隠さずにいられる人だと思う。そういうのって、すごく、強い」
雪乃は少しだけ神崎に体を寄せて、肩に軽くもたれる。
神崎は驚いたように目を瞬かせたが、そのまま受け止めるように肩を傾け、そっと手を添えた。
「先生といるとね、安心するの。呼吸が深くなるっていうか……ちゃんと、今日の私でいられる」
その言葉に、神崎は小さく息を吐いて、雪乃の髪を指でそっと撫でた。
「俺も、そうだよ。こんなに穏やかな気持ちになれる相手なんて、いなかった」
時計の針が静かに進む音だけが響いていた。
そして、その音さえも包み込むように――
ふたりの間には、言葉にしなくても通じ合える、しんとあたたかい夜の気配が満ちていた。
雪乃は水を一口飲みながら、その背中を見送った。
整った肩のライン、無駄のない動き、けれどどこか穏やかさをまとったその所作に、少しずつ日常が馴染み始めているのを感じる。
「はい、これ飲もうか」
戻ってきた神崎が、手のひらに錠剤を乗せて差し出す。
雪乃は頷いて、それを受け取り、水で流し込んだ。
「……はい、任務完了」
「偉いね」
そう言って、神崎が優しく笑う。
「褒められると、ちょっと照れるな」
「でも、ちゃんとできることを続けていくのって、すごいことだよ」
神崎の声は静かで、けれど芯があった。
雪乃は自然と笑って、「じゃあ、続けられるように見張ってて」と、少しだけ甘えてみせる。
「ずっと、見張ってるよ」
言葉の重みは冗談には聞こえなかった。
そのままふたりは後片づけを済ませ、照明を落としたリビングに並んで座った。
カーテンの隙間からは、街の灯りがぽつぽつと見えている。
昼間とは違う、静かでやわらかな世界。
肌に触れる空気も、どこかしっとりとしていて、心の奥まで染み込んでくる。
雪乃がふと口を開く。
「ねぇ、先生……こんな風に、誰かと同じ時間を過ごすのって、ほんとにあったかいんだね」
神崎はその横顔を見つめたまま、言葉を選ぶように少し黙った。
そして、ぽつりと。
「人と一緒にいることって、弱さを見せ合うことでもあるから……でも雪乃は、弱さをちゃんと隠さずにいられる人だと思う。そういうのって、すごく、強い」
雪乃は少しだけ神崎に体を寄せて、肩に軽くもたれる。
神崎は驚いたように目を瞬かせたが、そのまま受け止めるように肩を傾け、そっと手を添えた。
「先生といるとね、安心するの。呼吸が深くなるっていうか……ちゃんと、今日の私でいられる」
その言葉に、神崎は小さく息を吐いて、雪乃の髪を指でそっと撫でた。
「俺も、そうだよ。こんなに穏やかな気持ちになれる相手なんて、いなかった」
時計の針が静かに進む音だけが響いていた。
そして、その音さえも包み込むように――
ふたりの間には、言葉にしなくても通じ合える、しんとあたたかい夜の気配が満ちていた。



