雪乃の「大好き」が、静かに部屋の空気を震わせた。

言葉の響きはやわらかいのに、胸の奥に届いたそれは、想像以上に強くて、温かくて――どうしようもなく、神崎の心を揺さぶった。

彼女は、今、本当に心からそう言ってくれた。
迷いのない、真っすぐな眼差しで。

神崎は言葉を返す前に、いったん目を閉じた。
胸の奥からこみ上げてくる想いを、ひとつずつ確かめるように。

……こんなふうに、誰かから向けられる「好き」に、ここまで心が震えるなんて思っていなかった。
なのに、今、彼女の一言が心に落ちた瞬間から、ずっと抱えていた何かが、音を立てて溶けていくのを感じている。

「……雪乃」

彼はゆっくりとその名を呼んで、そして静かに言葉を継いだ。

「俺も、最初は……たぶん、君が言う通りだったと思う」

「医者として、責任を果たす。それが全てだと思ってた。
君の病気に気づいてしまった以上、放っておくわけにはいかない――そう思ってたんだ」

けれど、と神崎は言葉を切り、雪乃の目を見つめる。

「君が、自分のことを一番後回しにして、
人に頼ることもできないまま、ひとりで全部抱えて、
それでも、誰かを恨んだりせずに、笑おうとする姿を見て……」

「俺は……ただの“同情”ではいられなくなった」

胸に浮かんだ言葉を、丁寧に選びながら、神崎は少しずつ口にしていく。

「どうしてそんなに頑張れるんだって、何度も思った。
どうしてそんなに優しくいられるんだって、何度も……」

「君の強さも、弱さも、まるごと全部見ていたら――」

神崎の声が少し震える。
けれど、その声は確かだった。

「……支えたいと思った。
医者だからじゃない。
誰かを助ける義務があるからでもない。
一人の人間として、君を……守りたいって、そう思った」

それは、彼の中でずっと温めていた感情だった。
でも、今ようやく、それをまっすぐに言葉にできた気がした。

「だから俺も、君と同じ気持ちだよ」

神崎は、雪乃の手をそっと握りしめる。

「……好きだよ、雪乃」

たったそれだけの言葉に、自分のすべてを込めた。
それは、雪乃の「大好き」と響き合い、部屋の中にやわらかな温度を灯す。

もう、医者と患者というだけではない。
目の前の人を、ただひとりの人間として、かけがえのない存在として、大切に思っている。

その想いが、ふたりの間に確かに息づいていた。