出勤すると、すぐに篠原に声をかけられた。
店の入口、まだネオンも灯っていない時間。
「今日は指名一件、入ってるよ。よかったね。」
「……指名?」
誰が――私なんかを?
疑問しか浮かばなかった。
名前を見間違えたのではと思ったが、篠原はスマホの画面を見ながら確かに言った。
「ナナって書いてある。間違いない。」
そう、とだけ返して、ロッカールームへ向かう。
売上ランキングの下位キャストは、開店前に順番で掃除当番を任される。
今日は自分の番。
掃除用具を手に取って、ロッカールームの隅にある全身鏡の前を通ったとき――
思わず、足が止まった。
鏡に映った自分の顔。
ぞっとするほど、青白い。
口紅はかすれているし、目元のファンデも浮いている。
これでは“病人”と書いて歩いているようなものだ。
掃除用具を一旦置き、化粧ポーチを開ける。
鏡の前に立ち、口紅をひと塗り、ふた塗り。
チークを少し濃くして、目元のラインを整える。
「……大丈夫、大丈夫。隠せてる。ちゃんと、いつも通り。」
言い聞かせるように呟いて、もう一度鏡を見る。
笑顔を作ってみたが、どこか引きつっている気がした。
掃除を終え、ロッカーの隅で持参した軽食を少しだけ口に入れる。
あまり喉を通らないが、空腹のままだと薬が効きすぎてしまう。
カバンの中から、解熱鎮痛剤。
錠剤をひとつ取り出して、水で流し込む。
手元の薬のシートをぼんやりと見つめながら、ほっと息を吐いた。
それはまるで、
“命の保証書”のような気さえしてくる。
そのとき――
「また体調悪いの? ほんと、店で倒れないでよ。前みたいに。大変だったんだから。」
ロッカールームに入ってきたリカが、冷たい視線を投げてきた。
同じ時期に入店したキャスト。とりたてて仲がいいわけではない。
「……うん。今日は、大丈夫……だと思う。」
リカは鼻で笑うように小さくため息をついて、支度に入っていった。
その様子を、壁にもたれて眺めていたのはボーイの篠原。
腕を組んだまま、こちらを見ていた。
「無理すんなよ。客の前で倒れられても困るから。」
言い方は冷たいが、心配の気持ちが全くないわけではないのはわかる。
だけど、わかっていても、
誰一人、自分を「守る」ために動いてはくれないのだと、もう何度も思い知ってきた。
自分の体は、自分で守る。
それが、この世界のルール。
店の入口、まだネオンも灯っていない時間。
「今日は指名一件、入ってるよ。よかったね。」
「……指名?」
誰が――私なんかを?
疑問しか浮かばなかった。
名前を見間違えたのではと思ったが、篠原はスマホの画面を見ながら確かに言った。
「ナナって書いてある。間違いない。」
そう、とだけ返して、ロッカールームへ向かう。
売上ランキングの下位キャストは、開店前に順番で掃除当番を任される。
今日は自分の番。
掃除用具を手に取って、ロッカールームの隅にある全身鏡の前を通ったとき――
思わず、足が止まった。
鏡に映った自分の顔。
ぞっとするほど、青白い。
口紅はかすれているし、目元のファンデも浮いている。
これでは“病人”と書いて歩いているようなものだ。
掃除用具を一旦置き、化粧ポーチを開ける。
鏡の前に立ち、口紅をひと塗り、ふた塗り。
チークを少し濃くして、目元のラインを整える。
「……大丈夫、大丈夫。隠せてる。ちゃんと、いつも通り。」
言い聞かせるように呟いて、もう一度鏡を見る。
笑顔を作ってみたが、どこか引きつっている気がした。
掃除を終え、ロッカーの隅で持参した軽食を少しだけ口に入れる。
あまり喉を通らないが、空腹のままだと薬が効きすぎてしまう。
カバンの中から、解熱鎮痛剤。
錠剤をひとつ取り出して、水で流し込む。
手元の薬のシートをぼんやりと見つめながら、ほっと息を吐いた。
それはまるで、
“命の保証書”のような気さえしてくる。
そのとき――
「また体調悪いの? ほんと、店で倒れないでよ。前みたいに。大変だったんだから。」
ロッカールームに入ってきたリカが、冷たい視線を投げてきた。
同じ時期に入店したキャスト。とりたてて仲がいいわけではない。
「……うん。今日は、大丈夫……だと思う。」
リカは鼻で笑うように小さくため息をついて、支度に入っていった。
その様子を、壁にもたれて眺めていたのはボーイの篠原。
腕を組んだまま、こちらを見ていた。
「無理すんなよ。客の前で倒れられても困るから。」
言い方は冷たいが、心配の気持ちが全くないわけではないのはわかる。
だけど、わかっていても、
誰一人、自分を「守る」ために動いてはくれないのだと、もう何度も思い知ってきた。
自分の体は、自分で守る。
それが、この世界のルール。



