過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

タクシーを降りて、エントランスを抜け、エレベーターで数階上がる。
玄関の扉が開いた瞬間、雪乃の心臓が再び高鳴った。
どこか、別の世界に足を踏み入れるような感覚。

「おじゃまします」と小さく言いながら、恐る恐る足を踏み入れる。

そこは、まるでモデルルームのようだった。
白を基調にしたフローリングに、無駄のないシンプルな家具。
ソファはグレーのファブリック素材で、背後には観葉植物がひとつ。
リビングの壁際にはダークブラウンの本棚が並び、そこにぎっしりと詰められた本の背表紙は、どれも難しそうな医学書や論文集だった。

テレビもあるが、リモコンすら使い込まれた形跡がない。
ダイニングテーブルには余計なものが何一つ置かれておらず、まさに“生活感のない部屋”という印象。

「……なんか、先生の家って感じですね」
と雪乃がつぶやくと、神崎は後ろから靴を脱ぎながら苦笑した。

「寝に帰ってくるだけだからさ。全然散らからないんだよね」
と、少し自虐的に笑う。

雪乃は振り返り、穏やかな表情で問う。
「……先生を眠らせなかったのって、私のせい?」

神崎は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに笑顔になった。
「そうかもね」

その笑顔がどこまでも自然で、あたたかくて、
雪乃は少しだけ肩の力を抜いて「ですよね」とつぶやいた。

彼の生活に触れることが、こんなにも優しい感情を連れてくるとは思っていなかった。