過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

部屋に入った瞬間、そこには——いつもと同じ風景があった。
あの日、怪我を負ったあと、雪乃は自分で片付けた。血の跡も、割れたコップも、壊れた小物も、すべて。

神崎はそれを聞かされていた。
目の前の部屋が整っている理由を知っていた。

「あの体で……ここまで掃除したのか」
わずかに声が震えていた。
胸の奥を締めつけるような感情が、抑えきれずに滲んでいた。

雪乃は小さく微笑んで頷いた。
「うん。でも、しといてよかった。じゃないと……私、こうして帰ってこれなかったと思う」

神崎は、後ろからそっと雪乃の頭に手を置いた。
当時の痛みや不安をそっと包み込むように、優しく撫でた。

その手のぬくもりに、雪乃は目を細めながら口角を上げた。
「でも……隣に神崎先生がいるっていうのは、完全に想定外だったけどね」

言葉に笑みを滲ませて、視線を絡ませる。
神崎も穏やかな眼差しで応えた。

その後、雪乃は部屋の中を一つずつ確かめるように歩いた。
窓を開け、台所のシンクを覗き、トイレの蓋をそっと閉じる。

最後に、浴室の前に立った。
ドアを開けた瞬間、雪乃の動きが止まった。

中はきちんと掃除されていた。
だが、そこに一つだけ見慣れないタオルが掛けられていた。

自分のものではない。
おそらく、片付けたときには気づかなかったのだろう。

そのタオルを見つめたまま、雪乃は息を呑んだ。
ほんの一瞬、当時の恐怖がフラッシュバックする。
背中がひやりと冷たくなる。

その呼吸の変化を、神崎はすぐに察知した。
リビングにいたはずの彼が、ほとんど音も立てずに浴室までやってきた。

「雪乃……?」

その声は、そっと彼女を現実に引き戻す。
彼の存在が、そこにある安心を思い出させる。

——私、ひとりじゃないんだ。