過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

退院当日。
季節は本格的な夏へと向かい、朝の空気にもすでにじんわりとした熱気が混じっていた。

病棟の廊下には、見慣れた顔ぶれが集まっていた。
ナースステーションの前で、雪乃を囲むように立っているのは、先輩医師の滝川、看護師の遠藤、そして——神崎だった。

「ひとまず退院だけど、心臓が全く元通りなわけじゃないからね」

滝川が、ややわざとらしく真面目な顔を作って言う。

「ちゃんと神崎先生の言うこと聞くんだよ。無理したら、また俺が心エコーすることになるから」

「それは……絶対に避けたいですね」
雪乃が苦笑して返すと、滝川は「おい」と笑いながら軽く肩をすくめた。

遠藤も、少し寂しそうな顔で言った。
「私、病棟勤務だから……外来になったらもう会えないのよね。寂しいけど……嬉しい寂しさだわー。無理しないでね、雪乃さん」

「本当に……お世話になりました」
雪乃は深々と頭を下げる。

そして、ふと目を向けた神崎は、白いTシャツにグレーのパンツという私服姿だった。

「……神崎先生、どこか行くんですか?」

雪乃が首をかしげると、神崎はごく自然に返す。

「うん。一緒に帰るんでしょ?」

「えっ……それは、どういう——」

その問いかけに答えるより先に、滝川が大げさに声を上げた。

「彼氏の送迎付きか〜羨ましいな〜〜!」
「ほんとほんと、付き添いがイケメンだと退院も華やかね〜」
と遠藤も悪ノリで笑っていて、雪乃は目をぱちくりさせていた。

すると、神崎が何のためらいもなく手を差し出してくる。
そのまま、雪乃の脱力していた右手を自然に握った。

「様子見ながら帰るんでしょ」
神崎はやや呆れたように微笑む。
「1人で帰ったら、誰が様子見るの」

その言葉に、雪乃の胸の奥がまた少し、温かくなる。

その横で滝川は、しれっと言い放った。
「若いっていいなぁ。俺この前キャバクラ行ったのバレて、奥さんに飯抜きにされたからな……」

「若さとキャバクラ、何の関係があるんですか?」
遠藤が容赦なくツッコミを入れていて、雪乃はつい笑ってしまう。

そのとき、神崎が雪乃の耳元に顔を寄せ、ささやいた。

「今日は、この季節にしては暑くなるみたい。気温が上がる前に帰ろう」

その声に、胸がふっと軽くなっていくのを感じながら、雪乃は2人の顔を見渡して言った。

「……本当にありがとうございました。これからも、よろしくお願いします」

夏の陽射しが、病棟の窓越しに柔らかく差し込んでいた。
新しい日々が、静かに始まろうとしていた。