過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

蝉の声が、窓の外からかすかに聞こえる。
季節は、ゆっくりと夏に移ろい始めていた。

退院を明日に控えた夜。
病室の灯りはいつもより少し暗く、静かな空気が漂っていた。
雪乃はベッドの端に座り、神崎と並んで寄り添っていた。

自然に、手はつながれていた。
指と指が絡み合い、確かなぬくもりを伝え合うように。

雪乃は、ふと声を落としてつぶやいた。

「……家に帰るの、ちょっとだけ不安です」
「……」

神崎が、静かに耳を傾ける。

「……あの家で怪我して、危ない状況になって……。なんか、よくお父さんに暴力を振るわれる夢を見るんです。
あの日のこと、夢になって何度も出てくるんじゃないかなって。そう思うと……」

「うん」

神崎は短く答えた。
その声には、すべてを肯定するやさしさがあった。

ふと、雪乃の手に触れた指先がひやりとしていることに気づく。
「寒くない?」と尋ねながら、ベッドに置かれていた毛布を取って、そっと彼女の膝にかけた。

「ありがとう……」
雪乃は微笑み、神崎の手にもう一度力を込めて握り返す。

「もし……もし、帰ってから怖くなったら……どうしたらいいですか?」

その問いに、神崎は少し考えるような素振りを見せてから、目を見つめたまま言った。

「様子を見ながら帰ってみて、苦しくなるようなら……うちにおいで」

「……え?」

不意に告げられたその言葉に、雪乃は思わず顔を上げた。
まるで一瞬だけ、時間が止まったようだった。

「……今、なんて?」

「だから、うちに来たらいいよ。別に苦しくなくたって」
神崎は微笑む。

「シェルターだと思ってさ。いつでも避難してきていい場所。そういうふうに思ってくれたら」

その笑顔は、あまりにも甘くて、優しくて——
胸の奥から、じんわりと込み上げてくる何かがあった。

言葉にならない思いが、胸の奥で膨らんでいく。
雪乃はただ黙って、もう一度神崎の手をしっかりと握った。

二人を包む夜は穏やかで、外の蝉の声も、どこか遠くに感じられた。
それはまるで、季節の境目に立っている二人を、そっと見守っているかのようだった。