過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

退院を目前に控えた午後、雪乃の病室には看護師の遠藤、ソーシャルワーカーの岸本、そして神崎がそろっていた。

岸本は書類をそっと膝の上に置くと、落ち着いた声で切り出した。

「まず初めに、警察への通報についてです。正式に受理されました。これから捜査が開始される予定です」

雪乃はわずかに目を見開き、神崎のほうへ視線を向けた。
その視線には、不安が滲んでいた。

「……それって、やっぱり私も、事情聴取とか、受けるんでしょうか?」

「はい、おそらくはあると思います」
岸本はゆっくりと頷いた。

「ただし、雪乃さんの体調が最優先されます。警察にもその旨は伝えてあり、配慮するよう要請しています。ご安心ください。もし心配であれば、私が同行、あるいは同席することもできます」

その言葉に、雪乃は小さく息を吐いた。
神崎もそっと彼女に目を向け、軽く頷く。
彼の穏やかな表情に、雪乃の緊張が少しずつ和らいでいった。

岸本が一息ついたところで、神崎が静かに口を開いた。

「……仕事のことだけど。今後、どう考えてる?」

その問いに、雪乃は言葉に詰まり、一瞬視線を下げた。
すぐには答えが出ない。けれど、答えなければならない。

(お金は、生きていくために必要なもの。
でも、父からの無心もなくなって、神崎先生が治療費も見てくれて……
だったら、もう……夜の仕事にしがみつかなくても、大丈夫かもしれない)

少し間を置いて、雪乃は唇を開いた。

「……夜の仕事は、望ましくないって分かってます。
神崎先生に言われたように、手術を考えるならなおさら。
あれは、経済的な理由で続けてた仕事なので……その部分が解消できるなら、他の仕事でも、構わないと思ってます」

岸本は穏やかに頷いた。

「意向はよくわかりました。経済的な負担を減らして、転職の道を一緒に探していきましょう」

神崎が岸本と目を合わせると、岸本はすぐに立ち上がった。
あらかじめ話がついていたように、スムーズに段取りを進める。

「それでは本日は以上となります。お大事になさってください」

彼女は一礼して病室を出ていった。
遠藤もそれに続き、そっと扉が閉まる。

室内には、静けさが戻る。

神崎は椅子に座り直し、雪乃と視線を絡ませた。
そして、少しだけ笑った。

「……よく、自分の気持ちを言えたね。すごくいいと思うよ」

雪乃は、どこかくすぐったそうに肩をすくめた。

「最近、自分の気持ちをちゃんと感じられるようになってきた気がするんです。
……伝えることも、前より怖くなくなった。
神崎先生に、たくさんお説教されたおかげですかね」

その言葉に、神崎も苦笑しながら肩をすくめた。

「説教って……。俺、そんなにしたかな」

「しましたよ。たくさん」

「……まぁ、それでも伝わってたなら、よかった」

二人の間に、穏やかな空気が流れる。
窓の外では、春の終わりを告げる風が、そっとカーテンを揺らしていた。