岸本は、循環器内科病棟のナースステーション近くの相談室で、タブレットを前に神崎の話に耳を傾けていた。
「……雪乃さんの件、聞かせてもらってもいいですか?」
彼女の声はいつものように落ち着いていたが、その視線には微かな緊張があった。
神崎は一呼吸おいて、ゆっくりと口を開いた。
「本人から直接聞きました。数日前、帰宅したら父親が自宅にいて……酔っていたらしい。片付けようとしたら怒鳴られて、もみ合いになって。逃げようとして階段から突き飛ばされたそうです」
岸本は眉を寄せながら、手元の画面にメモを取る。
「怪我の状況も一致しています。背部と脇腹の挫傷、擦過傷。転倒では説明がつかない程度でした。本人も、“怖かったけど、誰にも言えなかった”と」
そう語りながら、神崎の脳裏にはあの病室での雪乃の姿がよみがえる。
──「……帰ったら、父が……いたの」
──「……腕を掴まれて、もみ合って……突き飛ばされて……」
──「……恥ずかしかったの。情けなくて、誰にも言えなかった」
そのすべてを押し込めながら、それでも「お願い、神崎先生」と自分を見上げた、あの瞬間。
震える声の奥にあった、確かな決意と覚悟。
「本人も、支援を希望しています。『もう見て見ぬふりをされたくない』と。……変わりたいって、はっきり言ってました」
岸本は頷いた。
「虐待の継続リスク、本人の意志確認もできているなら、私のほうで動けます。まずは地域包括、警察にも繋げられるよう段取りします」
神崎は深く頭を下げた。
「お願いします。退院後の生活が、彼女にとってまた“地獄”にならないように……」
ふと、視線を落とす。
あの時、雪乃の手を包んだ自分の指先の温度が、今も掌に残っている気がしていた。
「……彼女は、やっと助けを求めたんです。だから今度こそ、俺たちが応えないと」
岸本はまっすぐ彼の目を見て、静かに頷いた。
「わかってます。支えましょう。あの子が一歩、踏み出したんですから」
相談室の窓の外には、午後の日差しが差し込んでいた。
春の光は静かに揺れ、これからの道に小さな希望を落としていた。
「……雪乃さんの件、聞かせてもらってもいいですか?」
彼女の声はいつものように落ち着いていたが、その視線には微かな緊張があった。
神崎は一呼吸おいて、ゆっくりと口を開いた。
「本人から直接聞きました。数日前、帰宅したら父親が自宅にいて……酔っていたらしい。片付けようとしたら怒鳴られて、もみ合いになって。逃げようとして階段から突き飛ばされたそうです」
岸本は眉を寄せながら、手元の画面にメモを取る。
「怪我の状況も一致しています。背部と脇腹の挫傷、擦過傷。転倒では説明がつかない程度でした。本人も、“怖かったけど、誰にも言えなかった”と」
そう語りながら、神崎の脳裏にはあの病室での雪乃の姿がよみがえる。
──「……帰ったら、父が……いたの」
──「……腕を掴まれて、もみ合って……突き飛ばされて……」
──「……恥ずかしかったの。情けなくて、誰にも言えなかった」
そのすべてを押し込めながら、それでも「お願い、神崎先生」と自分を見上げた、あの瞬間。
震える声の奥にあった、確かな決意と覚悟。
「本人も、支援を希望しています。『もう見て見ぬふりをされたくない』と。……変わりたいって、はっきり言ってました」
岸本は頷いた。
「虐待の継続リスク、本人の意志確認もできているなら、私のほうで動けます。まずは地域包括、警察にも繋げられるよう段取りします」
神崎は深く頭を下げた。
「お願いします。退院後の生活が、彼女にとってまた“地獄”にならないように……」
ふと、視線を落とす。
あの時、雪乃の手を包んだ自分の指先の温度が、今も掌に残っている気がしていた。
「……彼女は、やっと助けを求めたんです。だから今度こそ、俺たちが応えないと」
岸本はまっすぐ彼の目を見て、静かに頷いた。
「わかってます。支えましょう。あの子が一歩、踏み出したんですから」
相談室の窓の外には、午後の日差しが差し込んでいた。
春の光は静かに揺れ、これからの道に小さな希望を落としていた。



