夜勤帯のナースステーションは、少し落ち着いた空気に包まれていた。

モニターが淡い光を放ち、パソコンのキーボードを打つ音が静かに響いている。

その一角、コーヒーカップを手にした滝川が、カルテに目を通しながらふと視線を上げた。

ちょうどそのタイミングで、巡回から戻ってきた遠藤がそっと滝川の横に立つ。
彼女は一瞬、目を細めてから、声を潜めて言った。

「……うまくいってますよ、あのふたり」

滝川はペンを置き、眉をわずかに上げた。
「そうか」

「さっき、こっそり部屋覗いたんです。神崎先生、ずっと雪乃さんのそばにいて……手、握ってました」

くすっと笑う遠藤に、滝川は一瞬だけ肩をすくめたように見えた。
「勤務中に堂々と、とはな。ま、あいつらしい」

遠藤は小さく頷く。
「でも……あんな顔、久しぶりに見ました。神崎先生、あんなに優しい目をするんですね。ちょっと、見直しちゃいました」

「お前、最初から神崎のこと嫌ってたろ」

「違いますよ、ちょっと怖いなって思ってただけです。……でも、きっと、いい先生ですよ」

滝川はふっと笑う。
「俺が保証する。あいつ、医者としても人間としても、真っ直ぐだからな。たまに融通利かないけど」

遠藤は机にファイルを置きながら、ほっとしたように目を細める。

「……あの子、やっと誰かにちゃんと守られる側になれたんですね。今まで、ひとりで全部抱えてたから」

「だからこそだよ。支えられる誰かがいるってのは、治療にとっても大きい。……回復も早くなるさ」

ふたりは静かに笑い合い、またそれぞれの業務に戻っていく。

ナースステーションの灯りは、静かに患者たちの眠りを見守るようにやわらかく灯っていた。
その向こう、病棟の一室でも――
彼女の隣には、今も変わらず、そっと手を握る人がいるのだろう。