過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

ストレッチャーに乗せられたまま、病棟の廊下へと戻ると、どこか懐かしいにおいが雪乃の鼻をくすぐった。

(ああ、ここが“帰る場所”なんだな)

ICUの緊迫した空気とは違う、穏やかな音と匂い。
ナースステーションの前を通りかかると、すぐに遠藤が気づき、ぱっと目を見開いた。

「雪乃さん……!」

驚きと喜びが混ざった声だった。
すぐにストレッチャーの横まで駆け寄り、その表情には涙が浮かんでいた。

「よかった……本当によかった……!」

雪乃が微笑むと、遠藤はその手をそっと握ってくる。
「また部屋、ちゃんと片付けて待ってましたよ」
冗談めかした言葉に、雪乃の喉の奥がつんと熱くなる。

「ただいま戻りました」

やっと言えたその言葉に、遠藤はふっと表情を緩め、頷いた。

「おかえりなさい」

そのとき、ナースステーションの奥から滝川が顔を出した。

「お、帰ってきたか」

気取らない声。
でもその奥に、安堵がにじんでいた。

「お騒がせしました……」

雪乃がそう言うと、滝川は軽く眉を上げて、腕を組んだ。

「まったくだよ。病棟全体が一時騒然だったんだからな」

そう言いながらも、その目はどこか柔らかい。
滝川は神崎の隣に立ち、ひと言だけ、ぽつりと付け加えた。

「……でも、生きて戻ってきた。ならそれでいい」

神崎と視線を交わした滝川は、少しだけ顎を引いてから、歩き出す。

「じゃ、あとは任せるよ。……こっちはしばらく静かになると信じてるからな?」

「……はい」

神崎が返事をすると、滝川は軽く手を上げて去っていった。

雪乃はその背中を見送ってから、そっと神崎を見上げた。

「なんか……みんな、あったかいですね」

「そうだな」

神崎の言葉に、雪乃はまた少しだけ微笑んだ。
この場所に戻ってこれたことが、こんなにも心強いなんて、思ってもいなかった。

病室のドアが開く音がして、ベッドのそばで遠藤がそっとカーテンを閉める。

神崎がその隣で、雪乃の枕元に小さく声を落とした。

「……本当に、おかえり」

「ただいま、先生」

そのやりとりを、カーテン越しに見た遠藤は、小さく笑いながらナースステーションへ戻っていった。