過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

朝の光がやわらかくカーテン越しに差し込む。
雪乃は、ようやく深い眠りから目を覚まし、ゆっくりと周囲に視線を巡らせた。

ICU特有の静かで密な空気。
でも今日は、それがどこか、少しだけ優しく感じた。

「今日でICU卒業だよ」

カルテを閉じて立ち上がった神崎が、いつも通り落ち着いた声で言う。
その言葉を聞いて、雪乃は喉の奥が少し熱くなった。

「……ごめんなさい。やっぱり迷惑、かけました」

「それでも、生きて戻ってきてくれて良かった」
神崎はまっすぐ雪乃を見た。

「それだけで、十分すぎるくらいの“報告”だ」

雪乃は視線を落としたまま、小さく微笑んだ。

「先生って、ずっと優しかったんだなって……最近、ようやくわかってきました」

神崎が少し眉を上げる。

「……俺、そんなに不親切に見えてた?」

「違います。そうじゃなくて……」
雪乃は、言葉を探すようにゆっくりと話す。

「先生の優しさって、“手を引っ張って助ける”って感じじゃなくて……後ろから見守って、必要な時だけ、そっと支えてくれるみたいな」

「……」

「たぶん、私がそれに気づける余裕がなかっただけです。最初は、誰も信じちゃいけないって思ってたから」

神崎は少し視線を外し、微笑んだ。

「気づいてくれてありがとう。……でも、別に見返りがほしかったわけじゃないから」

「わかってます」
雪乃の笑顔は、ほんのり照れくさそうで、それでもちゃんと届く強さを持っていた。

「……またちゃんと、向き合いたいって思えるようになりました。自分のことも、先生のことも」

神崎は少しだけ間を置いて、そっとベッド脇にしゃがみ込む。

「じゃあ、これからはちゃんと支える。……医者としてだけじゃなく、人としても」

雪乃は驚いたように神崎を見つめた。

その視線に、神崎はわずかに口元をほころばせる。

「まだ何も始まってないけど、でも……“これから”を考えるなら、俺は、君のそばにいたいと思ってる」

ストレッチャーの準備が整い、看護師が声をかけに来る。

神崎が立ち上がり、そっと雪乃の手を握った。

「行こう。ここからまた、一緒に」

雪乃は小さく頷いた。
この手のぬくもりがある限り、きっと前を向ける。そう思えた。