過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

ICUの夜は、昼間とは違う静けさが支配していた。
モニターの電子音だけが、規則的に脈を刻んでいる。

カーテンで仕切られた一角。
そこに横たわる雪乃は、深い眠りのなかにいた。

酸素マスクは外れ、呼吸は穏やかに落ち着いている。
点滴の滴下音が静かに流れ、体を包む白いブランケットが、かすかに上下している。

神崎はそっとカーテンを開き、雪乃のベッドのそばに椅子を引いて腰かけた。

彼女の顔を見下ろすと、まだ血色は完全ではなかったが、
ようやく少しだけ安らぎを取り戻しているようにも見えた。

あのとき、病棟で倒れた雪乃の姿が、脳裏をかすめる。
そして、何も気づけなかった自分の鈍さが、また胸を刺した。

「……バカだな」

誰にも届かない声で、神崎はぽつりと呟く。
怒っているのではない。
悔しかった。
どうして、もっと早く彼女の苦しさに気づけなかったのか。

そっと雪乃の手を取る。
痩せた指先に、かすかに体温が残っている。

「なんで……俺に言ってくれなかった」

その言葉にも、雪乃は反応しない。
けれど、神崎はそれでもその手を握り続ける。

「全部じゃなくていい。強がってるのもいい。……でもせめて、一言くらいは、頼ってくれよ」

夜勤の看護師が静かに通り過ぎていく。
誰も声をかけず、神崎の傍に椅子が置かれているのも、すでに慣れた風景のようだった。

「……俺は医者だけど、同時に、君の味方でいたい」

その一言に、返事はない。

けれどほんの一瞬、神崎の手を握った雪乃の指が、かすかに動いたように思えた。

神崎は小さく目を細める。

「……気のせいか。でも、いいよ。ゆっくり休んで」

その声はどこまでも穏やかで、静かだった。
ICUの片隅で、夜の静けさに溶けるように、神崎はただ、彼女のそばに座り続けた。