過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

ナースステーション前の空気は異様な緊張感に包まれていた。
病室の扉は半開きで、中からはモニターのアラーム音と慌ただしい足音、処置器具の金属音が漏れてくる。

廊下を早足で駆けてくる白衣の影。
神崎だった。
顔には明らかな焦りが浮かび、片手で額の汗を拭いながら、病室の扉を押し開けた。

「……雪乃!」

中に入ると、ベッド上の雪乃は酸素マスクを装着され、モニターには高い心拍と速い呼吸が映し出されている。

左脇腹にはガーゼが当てられ、処置をしていた滝川が顔を上げた。

「来たか。今、FAST済ませた。腹部にfluidあり。脾損傷か腎損傷の可能性。バイタル不安定。CT入れたい」

神崎は一瞬言葉を失った。
さっきまで会話していた患者が、今ベッドの上でぐったりしている。

彼女の顔は蒼白で、口元には力がなく、今にも意識を手放しそうな状態だった。

「雪乃...わかる?」

声をかけると、雪乃の目がわずかに動いた。

焦点は合っていない。
それでも、かすかに彼を感じ取ったかのように、まぶたが震えた。

神崎は表情を引き締め、滝川の横に移る。

「ルートは?」
「確保済み。二本目も入れる。補液開始済み、酸素投与中」
「ヘモグロビンは?」
「7.8。今、再採血中。乳酸は高値。意識レベルJCSⅡ-20」

「……」

神崎は一瞬、雪乃の顔を見た。
いつもは恥ずかしそうに笑うその顔が、今は蒼白で、冷たかった。

彼女がここまで我慢して、誰にも言えなかったこと。

家に行った理由、そして自分に「何でもないです」と言った笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。

「……このままCT入れる準備を。出血部位の特定とオペ要否判断。DICチェックも忘れずに」

神崎の声は震えそうになりながらも、ぎりぎりのところで医師としての指示を発していた。

「俺が付き添います」

滝川は神崎の目を見て、静かに頷いた。

「……頼む」

ストレッチャーの準備が進められ、雪乃はCT室へと運ばれていく。
その横を歩く神崎の手は、雪乃の手をそっと握っていた。

意識はもうほとんどなかったが、その手を握ることで彼自身が平静を保とうとしていた。