過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

掃除機のスイッチを切ったあと、部屋に静寂が戻った。
小さく息をついて、リビングを見渡す。

いつも過ごしていたはずの部屋は、まるで誰も住んでいないモデルルームのように整っていた。

「……これでいい」

自分に言い聞かせるように呟くと、ポケットからスマホを取り出す。
ディスプレイには先ほどの病院の番号。

震えないように指先に力を入れてタップし、呼び出し音が一度、二度――

「はい、循環器病棟です」

「あ、大原です。……すみません、そろそろ戻ります。用は済んだので」

「わかりました。気をつけて帰ってきてくださいね」

「はい……ありがとうございます」

電話を切ると、胸の奥がわずかにじんとした。
声をかけてくれたその言葉が、妙にあたたかく響いた。

雪乃は玄関に向かい、カバンを手に取った。

先ほどの揉み合いで脇腹がじんじんと痛むが、もう倒れるようなことはない。

足を踏み出すたびに、心の奥で「帰る」という実感が少しずつ満ちてくる。

マンションの下に降りて、スマホの配車アプリを立ち上げる。
「現在地から病院まで」――目的地を入力し、手早く手配する。

空の色が少しずつ夕方の気配を帯び始めた頃、黒塗りのタクシーが静かに雪乃の前に停まった。

ドアが自動で開き、雪乃は深く息を吸ってから乗り込んだ。
痛む身体をかばうようにしてシートに身を沈めながら、窓の外に目をやる。

後ろに置いてきたのは、ただの部屋じゃない。
過去の自分。

恐怖に縛られていた時間。
もう、そこには戻らない。

「病院まで、お願いします」

タクシーが動き出すと、雪乃は一度だけ後ろを振り返った。
でも、すぐに前を向いた。
これから先の道は、まだまっすぐ続いているから――。