夜勤帯の医局。
数人の医師がそれぞれ端末に向かい、淡々と業務をこなしていた。
神崎はデスクに座り、電子カルテの画面を前にしながらも、思考は別の場所をさまよっていた。
──夕方の回診。
雪乃の表情に、ふとした違和感を覚えた。
たしかに、彼女はいつもと変わらぬ穏やかさで話していた。
「今日もちゃんと眠れました」と、柔らかく微笑んで。
だが、まぶたがほんの少し赤く腫れていたのを、神崎は見逃さなかった。
言葉の端々も、どこか無理をしているようで──
あれは、作られた笑顔だった。
何かを隠している。
だが、それを問えば、きっとまた「大丈夫」と返される。
気づけば、指先が無意識に胸ポケットのペンをいじっていた。
カルテには血液データや聴診所見のメモが並んでいるが、今はもう、数字よりも彼女の表情が気にかかって仕方がなかった。
「明日さ、7西に新人くるらしいよ」
斜め向かいの席から、中村が声をかけてきた。
「うん、聞いた。たしか人見知りっぽい子だったよな」
神崎は短く応じ、意識を戻す。
「一日目で詰められて泣く、まで見えたわ」
そんな軽口を交わしながらも、神崎の中に残るざわつきは消えない。
そのとき、ポケットのPHSが震えた。
〈7西 遠藤〉と表示されている。
「神崎です」
『すみません、雪乃さんが呼吸が苦しいって……。酸素飽和度は問題ないんですが、ちょっと過呼吸っぽくて。今はO2マスクつけてません』
「了解。すぐ向かいます」
端末を閉じて立ち上がる。
「何かあった?」と中村が問うと、神崎は一言だけ返した。
「ちょっと、病棟みてくる」
言葉少なに白衣を翻し、神崎は足早に医局を出た。
どこかで予感していた不安が、静かに現実を侵食し始めていた。
数人の医師がそれぞれ端末に向かい、淡々と業務をこなしていた。
神崎はデスクに座り、電子カルテの画面を前にしながらも、思考は別の場所をさまよっていた。
──夕方の回診。
雪乃の表情に、ふとした違和感を覚えた。
たしかに、彼女はいつもと変わらぬ穏やかさで話していた。
「今日もちゃんと眠れました」と、柔らかく微笑んで。
だが、まぶたがほんの少し赤く腫れていたのを、神崎は見逃さなかった。
言葉の端々も、どこか無理をしているようで──
あれは、作られた笑顔だった。
何かを隠している。
だが、それを問えば、きっとまた「大丈夫」と返される。
気づけば、指先が無意識に胸ポケットのペンをいじっていた。
カルテには血液データや聴診所見のメモが並んでいるが、今はもう、数字よりも彼女の表情が気にかかって仕方がなかった。
「明日さ、7西に新人くるらしいよ」
斜め向かいの席から、中村が声をかけてきた。
「うん、聞いた。たしか人見知りっぽい子だったよな」
神崎は短く応じ、意識を戻す。
「一日目で詰められて泣く、まで見えたわ」
そんな軽口を交わしながらも、神崎の中に残るざわつきは消えない。
そのとき、ポケットのPHSが震えた。
〈7西 遠藤〉と表示されている。
「神崎です」
『すみません、雪乃さんが呼吸が苦しいって……。酸素飽和度は問題ないんですが、ちょっと過呼吸っぽくて。今はO2マスクつけてません』
「了解。すぐ向かいます」
端末を閉じて立ち上がる。
「何かあった?」と中村が問うと、神崎は一言だけ返した。
「ちょっと、病棟みてくる」
言葉少なに白衣を翻し、神崎は足早に医局を出た。
どこかで予感していた不安が、静かに現実を侵食し始めていた。



