洗濯機の表示時間を見ているとタイマーが鳴った。
雪乃はランドリールームに戻り、洗い終えた衣類を取り出して、一枚ずつ丁寧に畳んでいく。
入院してからずっと人任せにしていた洗濯が、こうして少しずつ自分でできるようになったのは、ほんのわずかだけど嬉しかった。
それでも。
洗濯物を詰めた袋を抱えて廊下を歩く道すがら、たくさんの“家族”とすれ違った。
面会時間がちょうど重なったのか、誰かを訪ねてきた人たちで廊下はやや賑やかだった。
「こんにちは」
ふいに笑顔で挨拶されて、思わず「こんにちは」と返す。
たったそれだけなのに、胸の奥が、ちくりと痛む。
笑っている家族、寄り添って歩く親子、何気ない会話──
そのどれもが、今の自分には遠い世界だった。
病室に戻ると、雪乃は洗濯袋を置いて、ベッドの端に腰を下ろした。
ちょうどその時、スマホが小さく震える。
(誰かから……?)
淡い期待を込めて画面を見たが、そこに表示されたのは「今月の電気使用量のお知らせ」だった。
(ああ、もうそんな時期か……)
何の気なしに通知を開く。
しかしそこに記されていた金額を見て、目を疑った。
──見たことのない数字。
いつもは節約して、最低限の電気だけでやりくりしていた。
なのに、表示された使用量はまるで、大家族でも住んでいたかのような異常な数値だった。
胸の奥に、ひやりとした不安が広がる。
(まさか……)
嫌な予感が脳裏をよぎる。
父親が──もしかしたら、あの家にいるのかもしれない。
でも、今の自分には確認のしようもない。
電話しても出ないだろう。
見に帰ることもできない。
じわじわと込み上げてくるのは、不安と、そしてどうしようもない悲しみだった。
あんなに大事にしていた部屋。
きちんと掃除して、誰かに入られるのも嫌だった空間。
他人ならまだしも──父親にだけは、触れてほしくなかった。
瞳が熱くなり、視界が滲む。
気づけば、涙が一筋、頬をつたっていた。
声も出さず、ただぽろぽろと流れる。
嗚咽もこらえた。
誰かに聞かれるのが怖くて、声に出せなかった。
(なんで私の家族は……)
みんなのそばには、温かい家族がいた。
寄り添い、支えて、癒してくれる人たちが。
それに引き換え、自分の“家族”は。
情けなくて、頼りなくて、ただ苦しみの原因にしかならなかった。
胸に込み上げるもやもやを、どうすることもできない。
誰かに聞いてほしいけれど、誰にも言えない。
ベッドの脇に置いた袋から、あの時売店で選んだクッキーが目に入る。
神崎先生が、さりげなく手渡してくれたもの。
ささやかな優しさのかたまり。
でも、今の雪乃には、その包みを開けることすらできなかった。
ただ黙って、それをじっと見つめる。
涙が乾くのを待ちながら、静かに、静かに。
胸の奥に沈んでいくような感情だけを抱えて──。
雪乃はランドリールームに戻り、洗い終えた衣類を取り出して、一枚ずつ丁寧に畳んでいく。
入院してからずっと人任せにしていた洗濯が、こうして少しずつ自分でできるようになったのは、ほんのわずかだけど嬉しかった。
それでも。
洗濯物を詰めた袋を抱えて廊下を歩く道すがら、たくさんの“家族”とすれ違った。
面会時間がちょうど重なったのか、誰かを訪ねてきた人たちで廊下はやや賑やかだった。
「こんにちは」
ふいに笑顔で挨拶されて、思わず「こんにちは」と返す。
たったそれだけなのに、胸の奥が、ちくりと痛む。
笑っている家族、寄り添って歩く親子、何気ない会話──
そのどれもが、今の自分には遠い世界だった。
病室に戻ると、雪乃は洗濯袋を置いて、ベッドの端に腰を下ろした。
ちょうどその時、スマホが小さく震える。
(誰かから……?)
淡い期待を込めて画面を見たが、そこに表示されたのは「今月の電気使用量のお知らせ」だった。
(ああ、もうそんな時期か……)
何の気なしに通知を開く。
しかしそこに記されていた金額を見て、目を疑った。
──見たことのない数字。
いつもは節約して、最低限の電気だけでやりくりしていた。
なのに、表示された使用量はまるで、大家族でも住んでいたかのような異常な数値だった。
胸の奥に、ひやりとした不安が広がる。
(まさか……)
嫌な予感が脳裏をよぎる。
父親が──もしかしたら、あの家にいるのかもしれない。
でも、今の自分には確認のしようもない。
電話しても出ないだろう。
見に帰ることもできない。
じわじわと込み上げてくるのは、不安と、そしてどうしようもない悲しみだった。
あんなに大事にしていた部屋。
きちんと掃除して、誰かに入られるのも嫌だった空間。
他人ならまだしも──父親にだけは、触れてほしくなかった。
瞳が熱くなり、視界が滲む。
気づけば、涙が一筋、頬をつたっていた。
声も出さず、ただぽろぽろと流れる。
嗚咽もこらえた。
誰かに聞かれるのが怖くて、声に出せなかった。
(なんで私の家族は……)
みんなのそばには、温かい家族がいた。
寄り添い、支えて、癒してくれる人たちが。
それに引き換え、自分の“家族”は。
情けなくて、頼りなくて、ただ苦しみの原因にしかならなかった。
胸に込み上げるもやもやを、どうすることもできない。
誰かに聞いてほしいけれど、誰にも言えない。
ベッドの脇に置いた袋から、あの時売店で選んだクッキーが目に入る。
神崎先生が、さりげなく手渡してくれたもの。
ささやかな優しさのかたまり。
でも、今の雪乃には、その包みを開けることすらできなかった。
ただ黙って、それをじっと見つめる。
涙が乾くのを待ちながら、静かに、静かに。
胸の奥に沈んでいくような感情だけを抱えて──。



