過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

膝に手をつき、壁に手を這わせながら、ようやく自宅の前までたどり着いた。
鍵を差し込む指が震えて、何度も回すのを失敗する。

やっと開いたドアを押し開けると、そのまま玄関に膝をついた。
呼吸が乱れ、視界が揺れる。

靴はきちんと揃える余裕もなく、脱いだままのコートは玄関に投げ出した。
何もかもが、どうでもよかった。

部屋の奥へ、這うようにして進み――
ベッドの縁に手をかけて、倒れ込む。

仰向けになった瞬間、心臓がまた大きく脈打った。
胸が痛い。息が苦しい。

(今夜は……本当にやばいかも。)

そう思ったところで、怖くはなかった。
怖くなるには、あまりにも慣れすぎていた。

ただ、目を閉じる。
耳に響くのは、自分の荒い呼吸音と、異常な速さの心拍。

(……これで、終わるならそれでもいい。)

だけど、そう思うたびに目の端に浮かぶのは――整然とした部屋の風景。

無駄なものはひとつもない。
家具は最小限、掃除の行き届いた床。
テーブルの上に余計なものはなく、冷蔵庫の中もすっきりしている。
洗濯物も、たたんでしまってある。

なぜ、そんなにきちんと整えているのか――

“いつ、自分の命が尽きるか分からないから。”

誰かが、自分を見つけたとき。
その人に余計な手間をかけさせたくない。
嫌な気持ちになってほしくない。

死んだ後ぐらい、せめて迷惑をかけたくない。

(だから……部屋だけは、きれいにしておくの。)

それが、雪乃の生きるうえでの“唯一の決まりごと”だった。

荒れる身体の中で、そうした“整えられた静寂”だけが、彼女の存在を保っていた。