過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

岸本が帰った後も、雪乃はしばらく天井を見つめていた。

保険の資格証も届き、高額療養費の申請も済んだ。
本当にありがたいと思う。
それでも――まだ、全部が消えたわけじゃない。

昼過ぎにふらりと神崎が顔を出した。
「調子はどう?」と何気なく問いかけるその声に、少し甘えたい気持ちが滲む。

雪乃は首を小さく縦に振って答えた。
「うん。お腹も、点滴も慣れてきたし……治療費の心配もだいぶ減りました」

神崎は「そう」と言って、小さくうなずいた。

「……でもね」
と、雪乃はふっと声を落とす。

「保険が効かない部分、あるじゃないですか。食事代とか、アメニティとか……地味にかさむなぁって」
「あと……退院しても、すぐにまた、前みたいに働けるかわからないし。体力も、気力も、正直ちょっと自信ないかも」

神崎の顔から、ふっと笑みが消えた。
その代わりに、真剣な目をして、雪乃のほうを見た。

「……それは、そうだね」
低い声で、少し間を置いてから言う。

「働けるかどうか。前と同じように戻れるか。それは、正直言って俺にもわからない」
「でもさ」
「それ、今決めること?」

雪乃は目を見開いた。

「不安なのはわかる。でも、今の雪乃は“治療中”なんだよ」
「まだ体も、心も整ってない。そういうときに未来を決めつけて、自分を追い詰めるのは、違うと思う」

「……」

「心配なら、相談すればいい」
「俺だって、岸本さんだって、支えるためにいるんだから」
「全部一人で抱え込むな」

淡々とした口調なのに、胸の奥に届いてくる。
雪乃は知らないうちに、シーツの端をぎゅっと握っていた。

「……ありがとう、先生」

その声は、震えるほど小さかったけれど、
確かに、今の自分の弱さを認めた音だった。

神崎は一瞬だけ目を細め、
「何かあったら、また話して」とだけ言って、ベッドのそばの椅子に静かに腰かけた。

そのまま、しばらくの沈黙が続いた。
でも、その沈黙は、不安を和らげるような静けさだった。