過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

視界が、アスファルトでいっぱいになる。

ガシャン、と何かが割れたような、乾いた音が耳の奥で響いた。
それが自分の膝だったのか、バッグの中身だったのかは分からなかった。
ただ、顔のすぐ近くにあるアスファルトのざらつきと、冷たさだけがリアルだった。

(……ああ、クエスト失敗。)

ゲームだったら、もう一度やり直せばいい。
でも現実は違う。
“コンティニュー”はない。

泣きたくなる感情が、ほんの一瞬だけ胸に浮かぶ。
けれどすぐに、それを押し殺した。

アスファルトの色が変わっていた。

どこかが擦りむけたのか、涙が落ちたのか。
けれどそれを確認する気力もない。

(泣いたって……何も変わらないのよ。)

そう、ずっと前に学んだ。
悲劇のヒロインみたいな顔をしたところで、誰も手なんて差し伸べてくれない。
人は、他人の涙に興味なんてない。

雪乃は、両腕に力を込めて、ゆっくりと上体を起こした。
手のひらに小さな砂利が食い込み、じんわりと痛む。

そのまま地面に座り込む。

ひとつ深く、呼吸をしてみた。
痛む肋骨。
乱れた鼓動。
息が浅い。

けれど、何とか“生きている”。

もう誰もいない深夜の道。
静寂の中、街灯の光が、アスファルトの上にぼんやりと影を落としている。

雪乃はぼんやりとその光を見上げながら、しばらく動かなかった。
風が吹くたび、髪が頬に貼りつく。

(帰らなきゃ……。)

でも、身体は言うことをきかない。

ここで夜が明けてしまえばいいのに。
朝になって、自分の姿が溶けてしまえばいいのに。

そんな空想すら、今はどこか現実味を帯びていた。