「今日は、いくつか進展があったので、お伝えに来ました」
そう言って椅子に腰掛けた岸本は、手に持っていたバインダーを軽く開きながら微笑んだ。
白いブラウスにグレーのカーディガンという落ち着いた服装は、病室の雰囲気になじみ、雪乃の警戒心を和らげる。
「まず、保険証の件ですけど——おそらく、今週中には仮の保険証として使える『資格証明書』を発行できそうです」
「……本当ですか?」
雪乃の声は、思ったよりも小さかった。
驚きと、信じたい気持ちと、それでもどこか半信半疑な感情がないまぜになっていた。
岸本は穏やかに頷きながら、説明を続けた。
「区役所とも連携しています。雪乃さんが提出した住民票と身分証明の控え、あとは病院側の診断書も添付しました。
すでに申請の受付は済んでいて、特例的な扱いで、速やかに処理される見通しです」
「……じゃあ、このまま入院を続けても……?」
「はい。治療費の一部については、保険適用が可能になります。
あとは、高額療養費制度も申請できますから、実際の自己負担額はかなり抑えられますよ」
そこまで聞いて、雪乃はようやく息を吐くことができた。
肩にずっと乗っていた重たい石のようなものが、少しだけ転がり落ちた気がした。
「よかった……」
絞り出すようにそう言った雪乃の瞳に、一瞬だけ潤んだ光が宿った。
岸本は、その様子を見ても無理に触れようとはせず、自然な流れで話を続けた。
「その他にも、長期入院が必要になるということで、医療費助成の制度や、生活福祉資金の貸付についても調べています。
該当するかどうかの確認は必要ですが、支払いに関する不安をできる限り軽くできるよう、今週中には手続きを完了させるつもりです」
「……そんなにたくさんのことを……」
「大変なのは雪乃さんのほうですよ。私たちは、その“少し手前”の部分を手伝ってるだけですから」
笑いながらそう言う岸本の声は、ほんの少し涙腺に触れるような優しさを含んでいた。
病気を治すことばかりに意識が向きすぎて、生活のこと、先のこと、誰にも頼れない現実を飲み込むしかなかった。
けれど、こうして“向き合ってくれる誰か”がいるだけで、人はこんなにも心が軽くなるんだと、雪乃は思った。
「ありがとうございます……岸本さんがいてくれて、ほんとに助かってます」
「こちらこそ。こうやって少しでも安心してもらえると、私も嬉しいです」
目と目を合わせて、やさしい空気が流れる。
安心という言葉が、ようやく自分の胸の中に“実感”として落ちてきたのは、どれだけぶりだろう。
——治療の先に、ちゃんと生活が続いていく。
その当たり前の希望を、ようやく信じていいのかもしれない。
そんな確かな感覚が、静かに胸に灯っていた。
そう言って椅子に腰掛けた岸本は、手に持っていたバインダーを軽く開きながら微笑んだ。
白いブラウスにグレーのカーディガンという落ち着いた服装は、病室の雰囲気になじみ、雪乃の警戒心を和らげる。
「まず、保険証の件ですけど——おそらく、今週中には仮の保険証として使える『資格証明書』を発行できそうです」
「……本当ですか?」
雪乃の声は、思ったよりも小さかった。
驚きと、信じたい気持ちと、それでもどこか半信半疑な感情がないまぜになっていた。
岸本は穏やかに頷きながら、説明を続けた。
「区役所とも連携しています。雪乃さんが提出した住民票と身分証明の控え、あとは病院側の診断書も添付しました。
すでに申請の受付は済んでいて、特例的な扱いで、速やかに処理される見通しです」
「……じゃあ、このまま入院を続けても……?」
「はい。治療費の一部については、保険適用が可能になります。
あとは、高額療養費制度も申請できますから、実際の自己負担額はかなり抑えられますよ」
そこまで聞いて、雪乃はようやく息を吐くことができた。
肩にずっと乗っていた重たい石のようなものが、少しだけ転がり落ちた気がした。
「よかった……」
絞り出すようにそう言った雪乃の瞳に、一瞬だけ潤んだ光が宿った。
岸本は、その様子を見ても無理に触れようとはせず、自然な流れで話を続けた。
「その他にも、長期入院が必要になるということで、医療費助成の制度や、生活福祉資金の貸付についても調べています。
該当するかどうかの確認は必要ですが、支払いに関する不安をできる限り軽くできるよう、今週中には手続きを完了させるつもりです」
「……そんなにたくさんのことを……」
「大変なのは雪乃さんのほうですよ。私たちは、その“少し手前”の部分を手伝ってるだけですから」
笑いながらそう言う岸本の声は、ほんの少し涙腺に触れるような優しさを含んでいた。
病気を治すことばかりに意識が向きすぎて、生活のこと、先のこと、誰にも頼れない現実を飲み込むしかなかった。
けれど、こうして“向き合ってくれる誰か”がいるだけで、人はこんなにも心が軽くなるんだと、雪乃は思った。
「ありがとうございます……岸本さんがいてくれて、ほんとに助かってます」
「こちらこそ。こうやって少しでも安心してもらえると、私も嬉しいです」
目と目を合わせて、やさしい空気が流れる。
安心という言葉が、ようやく自分の胸の中に“実感”として落ちてきたのは、どれだけぶりだろう。
——治療の先に、ちゃんと生活が続いていく。
その当たり前の希望を、ようやく信じていいのかもしれない。
そんな確かな感覚が、静かに胸に灯っていた。



