翌朝——
カーテン越しに、朝の光が病室をやわらかく照らしていた。
ナースステーション前の足音が遠くに聞こえる頃、病室の扉が軽くノックされた。
「おはよう。調子どう?」
スクラブ姿の神崎が現れ、少しだけ眠たそうな目元に笑みを浮かべながらベッド脇に立った。
その隣には遠藤さんもいて、電子カルテのタブレットを手にしている。
「……お腹、昨日より和らぎました」
雪乃は布団の上からお腹に手を当てたまま、小さく頷いた。
神崎は、うん、と優しく声を返しながらカルテを覗き込み、何かを確認するように眉をひそめた。
「抗生剤使ってても、併用できる鎮痛薬もあるからね。あんまり我慢しすぎないで、言ってよ」
「はい……」
その言葉に、遠藤さんも「そうそう」と共感するように頷きながら、微笑んだ。
「今日も抗生剤入れるから。無理せず、ゆっくりしててね」
その一言とともに、神崎は雪乃の顔にそっと視線を残しながら、静かに退室していった。
ドアが閉まる音を背に、雪乃は一人、呼吸を吐いた。
——どうしてあの人の言葉は、こんなにも心に染みるんだろう。
少し前の自分なら、病院の白衣姿の誰にも、こんなに気を許すことはなかった。
医師なんて、どこか一線を引いて、必要なときだけ関わればいいと思っていたのに。
彼の言葉はいつもあたたかく、
彼の声はどこか遠くから帰ってきたみたいに、自分の中のなにかを静かに揺らしてくる。
怖かった夜も、痛みを抱えた日々も、
誰にも言えなかった「ひとりでいることの寂しさ」も、彼の前では少しだけ薄まる気がした。
——こんなふうに思ってしまうのは、ただ優しくされたから?
それとも、それだけじゃない、何か……?
考えても答えは出ないけれど、胸の奥がほんのり熱を帯びたまま、雪乃は点滴の準備に来た遠藤さんに軽く頭を下げた。
「じゃあ、始めるね。今日も1時間くらいで終わる予定だから」
抗生剤の点滴針が静かに腕に刺さる感触があって、冷たい液体がじわじわと血管を流れ出す。
その違和感にも、もう慣れてきた。
──でも、慣れたくないこともある。
あたりまえのように我慢することに、
あたりまえのように寂しさを飲み込むことに。
せめてこの治療の時間くらいは、そんな気持ちを横に置いておこう。
窓の外に見える、晴れ渡った春の空を見つめながら、そんなことを思っていた。
点滴が終わり、針が外されて包帯を巻かれると、「あの人が来てます」との声が聞こえた。
「こんにちは、大原さん」
ふと顔を上げると、面会に訪れたソーシャルワーカーの岸本沙也加が、笑顔でドアの前に立っていた。
「少しお時間、大丈夫ですか?」
雪乃はこくりと頷き、ベッドの角度を起こしてもらいながら、岸本の来訪に心を整えていった。
今日こそは、ただ「大丈夫」とだけ言うのはやめよう。
今の自分が、ちゃんとどこへ向かおうとしているのか——
少しだけでも言葉にしてみたい。
心の奥に、そんな微かな意志が灯ったような気がしていた。
カーテン越しに、朝の光が病室をやわらかく照らしていた。
ナースステーション前の足音が遠くに聞こえる頃、病室の扉が軽くノックされた。
「おはよう。調子どう?」
スクラブ姿の神崎が現れ、少しだけ眠たそうな目元に笑みを浮かべながらベッド脇に立った。
その隣には遠藤さんもいて、電子カルテのタブレットを手にしている。
「……お腹、昨日より和らぎました」
雪乃は布団の上からお腹に手を当てたまま、小さく頷いた。
神崎は、うん、と優しく声を返しながらカルテを覗き込み、何かを確認するように眉をひそめた。
「抗生剤使ってても、併用できる鎮痛薬もあるからね。あんまり我慢しすぎないで、言ってよ」
「はい……」
その言葉に、遠藤さんも「そうそう」と共感するように頷きながら、微笑んだ。
「今日も抗生剤入れるから。無理せず、ゆっくりしててね」
その一言とともに、神崎は雪乃の顔にそっと視線を残しながら、静かに退室していった。
ドアが閉まる音を背に、雪乃は一人、呼吸を吐いた。
——どうしてあの人の言葉は、こんなにも心に染みるんだろう。
少し前の自分なら、病院の白衣姿の誰にも、こんなに気を許すことはなかった。
医師なんて、どこか一線を引いて、必要なときだけ関わればいいと思っていたのに。
彼の言葉はいつもあたたかく、
彼の声はどこか遠くから帰ってきたみたいに、自分の中のなにかを静かに揺らしてくる。
怖かった夜も、痛みを抱えた日々も、
誰にも言えなかった「ひとりでいることの寂しさ」も、彼の前では少しだけ薄まる気がした。
——こんなふうに思ってしまうのは、ただ優しくされたから?
それとも、それだけじゃない、何か……?
考えても答えは出ないけれど、胸の奥がほんのり熱を帯びたまま、雪乃は点滴の準備に来た遠藤さんに軽く頭を下げた。
「じゃあ、始めるね。今日も1時間くらいで終わる予定だから」
抗生剤の点滴針が静かに腕に刺さる感触があって、冷たい液体がじわじわと血管を流れ出す。
その違和感にも、もう慣れてきた。
──でも、慣れたくないこともある。
あたりまえのように我慢することに、
あたりまえのように寂しさを飲み込むことに。
せめてこの治療の時間くらいは、そんな気持ちを横に置いておこう。
窓の外に見える、晴れ渡った春の空を見つめながら、そんなことを思っていた。
点滴が終わり、針が外されて包帯を巻かれると、「あの人が来てます」との声が聞こえた。
「こんにちは、大原さん」
ふと顔を上げると、面会に訪れたソーシャルワーカーの岸本沙也加が、笑顔でドアの前に立っていた。
「少しお時間、大丈夫ですか?」
雪乃はこくりと頷き、ベッドの角度を起こしてもらいながら、岸本の来訪に心を整えていった。
今日こそは、ただ「大丈夫」とだけ言うのはやめよう。
今の自分が、ちゃんとどこへ向かおうとしているのか——
少しだけでも言葉にしてみたい。
心の奥に、そんな微かな意志が灯ったような気がしていた。



