過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

看護師が近づいてくる気配がして、病室の扉がノックされた。

「失礼しまーす」

その声に、雪乃ははっとして、繋いでいた神崎の手をすっと離した。
慌てて自分の手をブランケットの中へ引っ込め、そっとうつむく。

「湯たんぽ、持ってきましたよ。ごめんね、気づくの遅くなってしまって」

明るい声とともに、遠藤さんがあたたかそうな湯たんぽを抱えて入ってくる。
柔らかなカバーに包まれたそれを、雪乃の胸元へそっと置きながら、微笑んだ。

「低温火傷には気をつけてね。カバーしてるけど、ずっと抱えて寝ないようにね?」

「……ありがとうございます」

小さな声で礼を言うと、遠藤さんは微笑みを残し、静かに扉を閉めて退室していった。

再び部屋が静けさを取り戻したとき、ふいに神崎の低い声が落ちる。

「……なんで、勝手に手、離すの?」

雪乃が顔を上げると、神崎がゆっくりと身をかがめ、目の高さを合わせていた。
口元には意地悪そうな笑みを浮かべながらも、その瞳はどこまでもまっすぐで、揺るぎない。

「だ、だって……看護師さん来たから……」

言い訳のように呟くと、神崎はほんの少し口角を上げた。

「恥ずかしがらなくていいのに。俺は、いつでも手ぐらい繋いでていいと思ってるよ?」

雪乃は視線を逸らしながら、小さく口を尖らせる。

「……今日、なんか意地悪ですね」

「雪乃見てると、意地悪したくなるんだよね。可愛いから」

さらりと囁かれた言葉に、心臓が跳ねる。
その一言で、身体の奥からふわっと熱が広がっていく。

やがて、雪乃は少しだけ躊躇うように、でも確かに、自分の手をもう一度差し出した。
その指先に、神崎が何のためらいもなく手を重ねる。
繋がった手から、じんわりとあたたかさが伝わってきた。

神崎は空いた手で、ゆっくりとブランケットを整える。
何気ないその仕草に、彼の気遣いとやさしさがにじんでいた。
さらにもう片方の手がふわりと雪乃の髪に触れる。

撫でるというより、慈しむように。
髪をすくい、指先でやわらかくなぞるたびに、雪乃のまぶたがゆっくりと落ちていく。

「……」

とろんとした目で神崎を見上げたあと、そのまままどろみに飲まれていく。
ぬるま湯のような静けさと、満ち足りたぬくもりの中で――

神崎はその様子をじっと見守り、ふっと吐息を落とす。

「……そろそろ、寝ようか」

囁くような声でそう言いながら、そっと彼女の手を離し、体をやさしく横たえさせる。
ブランケットを肩までかけ直し、ふと視線を落とすと、湯たんぽを雪乃がしっかりと抱えていた。

「……それ、抱えて寝たらダメ。やけどするから」

小さく注意しながら、それをそっと取り上げ、足元の方へと移す。
湯たんぽのあたたかさが布越しにじんわりと伝わり、部屋の空気がやわらかくなる。

雪乃はすでにまぶたを閉じていたが、頬はまだほんのりと赤みを帯びていた。

その寝顔を、神崎はしばらく静かに見つめていた。
何かを確かめるように、あるいは守るべきものを胸に刻むように――
そして、名残惜しさを胸にしまいながら、音を立てないようにゆっくりと立ち上がる。

ドアに手をかける直前、もう一度だけベッドを振り返った。

静かに眠る雪乃の姿は、どこかあどけなくて、でもとても強くて、
この世界で誰よりも、神崎にとって愛おしい存在だった。

やわらかな夜の静けさだけが、そこにそっと寄り添っていた。