過保護な医者に心ごと救われて 〜夜を彷徨った私の鼓動が、あなたで満ちていく〜

夜の消灯時間が近づいていた。
病棟は徐々に静けさを増し、廊下の灯りも控えめになっている。

雪乃の病室では、テレビから流れる動物のバラエティ番組が、控えめに明るさを灯していた。

パンダの赤ちゃんがころんと転がって、飼育員に助けられる様子に、ほんのり笑みを浮かべる。

落ち着いた夜。久しぶりに、こういう時間を過ごせている気がした。

……ただ、一つだけを除いては。

夕食後、久しぶりに始まった生理。
じんわりとお腹が重だるくて、腰の奥もしくしくと痛む。

何となく犬猫たちの無邪気な姿を眺めながら、無意識にお腹に手を当ててさすっていた。

そのとき、ノックもなく扉がふっと開いた。
スクラブ姿の神崎が、手ぶらで病室に入ってきた。

「……!」

驚いて、慌ててお腹から手を離す。

「こ、こんな時間に珍しいですね……先生」

テレビの音をリモコンで下げながら、ごまかすように声をかける。
神崎はベッドの傍に近づきながら、じっと雪乃の顔を見つめた。

「……どうしたの? お腹痛い?」

「い、痛くないです。別に……」

目を逸らしながら否定するけど、神崎の目は鋭い。
ベッド脇に腰かけると、軽く首を傾げた。

「……ちょっと診ようか」

「えっ、い、今……?」

言い終わらないうちに、神崎は軽くブランケットの上からお腹のあたりに手を当ててくる。
柔らかい掌の温度に、びくりと肩が動いた。

「うーん……そんなに気になる所、触っても違和感ないけどね」

そっと目線を上げると、神崎の顔が近い。
その瞳には、何かを見抜いているような光がある。

「……何か隠してる? 怒らないから、言ってごらん?」

少しだけ間を置いて、雪乃は声を絞り出した。

「……生理、きました」

神崎は「そういうことか」と、ようやく納得したように頷いた。

「薬も出せるけど、湯たんぽもらったら和らぐかもよ。どうする?」

「……湯たんぽで我慢します」

「了解」

軽く立ち上がって、ナースステーションへ向かう。
その後、3分ほどで再び戻ってきた。

「看護師さん、今持ってきてくれるって」

そう言いながら椅子に腰掛け直すと、ふと思い出したように雪乃を見る。

「そういえば——ゼリー、美味しかった?」

「……はい。ありがとう、ございました」

雪乃が微笑みながら答えると、神崎の口元もゆるんだ。

そのあと、しばし沈黙が流れた。
雪乃は、神崎の手元を無意識に目で追っていた。
その仕草に気づいた神崎は、「ん?」と不思議そうに手を動かしてみる。

それだけで、雪乃ははっとなり、顔を覆ってブランケットにくるまってしまった。

「……どうしたの? 顔、見せてくれないの?」

「今は……無理です……」

くぐもった声がブランケットの中から返ってくる。

神崎は思わず笑ってしまい、そっとブランケットからのぞく頭を撫でた。
ビクッと体が震える。
それでも、そっと目だけで神崎を見上げてくる雪乃。

「……手、繋いでほしい」

その一言に、神崎の顔がふっと綻んだ。

「——誰もいないのをいいことに」

優しい声とともに、神崎はそっと手を重ねた。
そして、ブランケットを少し引き下ろしながら、微笑を浮かべる。

「雪乃ちゃんの可愛い顔、見せて?」

雪乃は明らかに動揺し、さらに視線をそらす。

「……顔、赤いよ。熱、あるんじゃない?」

わざとらしい口調に、雪乃は耐えきれず言い返した。

「……意地悪」

視線は合わないまま、でも手だけは、しっかりと繋がっていた。
神崎の手のぬくもりに包まれながら、雪乃の頬はじんわりと熱を帯びていく。

——こんな時間が、ずっと続けばいいのに。

そう思った瞬間、自分の気持ちが少しだけ、確かな輪郭を持ちはじめた気がした。