病室に戻る途中、廊下の向こうから神崎が歩いてくるのが見えた。
白衣を翻して、カルテを片手に歩く姿は、どこかいつもより軽やかで。
ふと、街中でパトカーを見かけたときのような、妙な緊張感が雪乃の背筋をぴんと伸ばさせた。
肩をすくめるように立ち止まった雪乃に、神崎が気づいて目を細めた。
「……なに? なんかやましいことでもあるの?」
クスッと笑いながら、顔を覗き込んでくる。
思わず視線をそらしながらも、雪乃は首を横に振った。
「いえ。何も悪いことはしてません」
「ほう、潔白を主張するわけだね」
神崎はおどけたように片眉を上げながら言う。
雪乃が部屋の前まで歩くと、扉を先に開けて、片手を差し出すように言った。
「どうぞ、お嬢様」
「……ご丁寧に、どうも」
少し照れながらも、雪乃は笑って病室に戻る。
ベッドの端に腰を下ろすと、神崎も傍らの椅子に腰を掛けた。
「抗生剤、終わってどう?」
「今のところ、大丈夫です。副作用も出てません」
「うん、顔色良いし。冗談言ってるとこ見ると安心した」
神崎の目が、ふっと優しく細められる。
その視線を真正面から受け止めながら、雪乃も自然と笑みを返した。
視線がふわりと絡み合う。
張りつめていた空気が、柔らかくほどけていく。
(……いつぶりだろう、こんなふうに誰かと笑ったの)
自分のままでいられる心地よさ。
演じる必要も、気を張る必要もなくて。
この人の前では、何も隠さずにいられる——そんな淡い感情が、胸の奥に静かに染み込んでいく。
「……あんまり調子いいと、すぐ退院したがりそうだな。まだしばらくは、おとなしくしててよ」
「わかってますよ。子ども扱いしないでください」
「ん? 子どもじゃないのか?」
「大人です。れっきとした二十五歳です」
「そっか。じゃあ“大人の患者さん”には、特別にゼリーでも差し入れてあげようかな」
「え、それはちょっと嬉しいです」
「でしょ。だからちゃんと大人しく点滴受けて、元気になること。いいね?」
「……はい」
雪乃は、自然と頬が緩んでいくのを止められなかった。
こうして向き合うと、どこか照れくさくて。
でも、それ以上に、あたたかい。
神崎の言葉の端々から伝わる、さりげない優しさが。
今日の午後の陽射しみたいに、雪乃の心をそっと包んでくれていた。
白衣を翻して、カルテを片手に歩く姿は、どこかいつもより軽やかで。
ふと、街中でパトカーを見かけたときのような、妙な緊張感が雪乃の背筋をぴんと伸ばさせた。
肩をすくめるように立ち止まった雪乃に、神崎が気づいて目を細めた。
「……なに? なんかやましいことでもあるの?」
クスッと笑いながら、顔を覗き込んでくる。
思わず視線をそらしながらも、雪乃は首を横に振った。
「いえ。何も悪いことはしてません」
「ほう、潔白を主張するわけだね」
神崎はおどけたように片眉を上げながら言う。
雪乃が部屋の前まで歩くと、扉を先に開けて、片手を差し出すように言った。
「どうぞ、お嬢様」
「……ご丁寧に、どうも」
少し照れながらも、雪乃は笑って病室に戻る。
ベッドの端に腰を下ろすと、神崎も傍らの椅子に腰を掛けた。
「抗生剤、終わってどう?」
「今のところ、大丈夫です。副作用も出てません」
「うん、顔色良いし。冗談言ってるとこ見ると安心した」
神崎の目が、ふっと優しく細められる。
その視線を真正面から受け止めながら、雪乃も自然と笑みを返した。
視線がふわりと絡み合う。
張りつめていた空気が、柔らかくほどけていく。
(……いつぶりだろう、こんなふうに誰かと笑ったの)
自分のままでいられる心地よさ。
演じる必要も、気を張る必要もなくて。
この人の前では、何も隠さずにいられる——そんな淡い感情が、胸の奥に静かに染み込んでいく。
「……あんまり調子いいと、すぐ退院したがりそうだな。まだしばらくは、おとなしくしててよ」
「わかってますよ。子ども扱いしないでください」
「ん? 子どもじゃないのか?」
「大人です。れっきとした二十五歳です」
「そっか。じゃあ“大人の患者さん”には、特別にゼリーでも差し入れてあげようかな」
「え、それはちょっと嬉しいです」
「でしょ。だからちゃんと大人しく点滴受けて、元気になること。いいね?」
「……はい」
雪乃は、自然と頬が緩んでいくのを止められなかった。
こうして向き合うと、どこか照れくさくて。
でも、それ以上に、あたたかい。
神崎の言葉の端々から伝わる、さりげない優しさが。
今日の午後の陽射しみたいに、雪乃の心をそっと包んでくれていた。



