点滴が終わり、腕から針が抜かれて軽い絆創膏が貼られたあと、ベッドに体を預けて少しだけ目を閉じた。
ほんの数分、うとうとと浅い眠りに落ちたあと——ポケットに入れていたスマートフォンのバイブが、静かに震えた。
画面を見ると、「おべんとうや きくの」という登録名で、着信履歴が三件。昼前からの不在着信だった。
(……おばあちゃん)
雪乃はそっと身を起こし、スマホを握りしめた。
ナースステーションに声をかけ、電話ができる面談スペースまで歩いていく。
長椅子に腰を下ろして、ゆっくりと発信ボタンを押した。
数コールののち、懐かしい声が、受話口から飛び込んできた。
「もしもし? ゆきのちゃんかい?!」
「あ、はい……私です。折り返し遅くなってごめんなさい」
「やだもう、よかった……! こっちから何回かけても出ないし、何かあったかと思ってたんだよ。風邪って言ってたけど、ほんとに大丈夫なの?」
その声は、まるで実の孫を心配するかのようにあたたかく、胸の奥にじわりと沁みた。
「ごめんなさい、入院になっちゃって……。でも、ちゃんと検査してもらって、治療も始まってるから、大丈夫です」
「入院!? あらまぁ……そりゃ無理しすぎたんだよ。最近、顔色も良くなかったものね。早く元気になって、またお店で笑顔見せておくれ」
「……はい、元気になって、ちゃんと戻ります」
電話の向こうで、小さなため息とともに、「ほんと、ゆきのちゃんは頑張り屋だからねえ」と、しみじみ呟く声が聞こえた。
(私のこと、ちゃんと見てくれてたんだ……)
その思いが、胸の奥に温かな灯をともした。
電話を終えて立ち上がり、ふと窓の外を見上げると、陽射しが柔らかくなっていることに気づいた。
枝先には小さな若葉がのぞき、街路樹の足元には、つくしのような草花が揺れている。
(……春、なんだ)
ついこのあいだまで、冷たい風に肩をすくめて帰っていたのに。
いつの間にか季節は巡って、ほんのりと命の色がにじみ始めている。
病院の中にいても、時間は確実に流れていて。
自分もまた、その流れの中で、ちゃんと前に進んでいる——そんな実感が、ゆっくりと胸に満ちていく。
(今は、ちゃんと治すこと。それが未来につながる)
そう思えたことが、何よりの収穫だった。
小さく息を吸い込んで、また一歩、病室へと歩き出す。
その背筋には、ほんのわずかに、光をまとうような強さが宿っていた。
ほんの数分、うとうとと浅い眠りに落ちたあと——ポケットに入れていたスマートフォンのバイブが、静かに震えた。
画面を見ると、「おべんとうや きくの」という登録名で、着信履歴が三件。昼前からの不在着信だった。
(……おばあちゃん)
雪乃はそっと身を起こし、スマホを握りしめた。
ナースステーションに声をかけ、電話ができる面談スペースまで歩いていく。
長椅子に腰を下ろして、ゆっくりと発信ボタンを押した。
数コールののち、懐かしい声が、受話口から飛び込んできた。
「もしもし? ゆきのちゃんかい?!」
「あ、はい……私です。折り返し遅くなってごめんなさい」
「やだもう、よかった……! こっちから何回かけても出ないし、何かあったかと思ってたんだよ。風邪って言ってたけど、ほんとに大丈夫なの?」
その声は、まるで実の孫を心配するかのようにあたたかく、胸の奥にじわりと沁みた。
「ごめんなさい、入院になっちゃって……。でも、ちゃんと検査してもらって、治療も始まってるから、大丈夫です」
「入院!? あらまぁ……そりゃ無理しすぎたんだよ。最近、顔色も良くなかったものね。早く元気になって、またお店で笑顔見せておくれ」
「……はい、元気になって、ちゃんと戻ります」
電話の向こうで、小さなため息とともに、「ほんと、ゆきのちゃんは頑張り屋だからねえ」と、しみじみ呟く声が聞こえた。
(私のこと、ちゃんと見てくれてたんだ……)
その思いが、胸の奥に温かな灯をともした。
電話を終えて立ち上がり、ふと窓の外を見上げると、陽射しが柔らかくなっていることに気づいた。
枝先には小さな若葉がのぞき、街路樹の足元には、つくしのような草花が揺れている。
(……春、なんだ)
ついこのあいだまで、冷たい風に肩をすくめて帰っていたのに。
いつの間にか季節は巡って、ほんのりと命の色がにじみ始めている。
病院の中にいても、時間は確実に流れていて。
自分もまた、その流れの中で、ちゃんと前に進んでいる——そんな実感が、ゆっくりと胸に満ちていく。
(今は、ちゃんと治すこと。それが未来につながる)
そう思えたことが、何よりの収穫だった。
小さく息を吸い込んで、また一歩、病室へと歩き出す。
その背筋には、ほんのわずかに、光をまとうような強さが宿っていた。



