朝の回診の時間。
昨夜は眠れたようでいて、浅い夢を何度も見た。
医師という立場でありながら、一人の人間として彼女のことが頭から離れなかった。
それでも、病室のドアを開けるときには、いつもの表情でいることを意識する。
「おはようございます、大原さん」
「……おはようございます」
雪乃はベッドに背を預けていた。目元に少し疲れの色は残っていたが、落ち着いた様子だった。
そのすぐ後ろを、滝川が続いて入ってくる。
「おはよう、大原さん。調子どう?」
「昨日よりは……平気です。夜、ちゃんと眠れました」
神崎は軽く頷きながら、タブレットを操作し、今朝のバイタルと血液検査の結果に目を通す。
発熱はようやく37度台に落ち着き、炎症反応もやや下がってきている。
「昨日の抗生剤、少し副作用が出たのは残念だけど……血液培養の結果が今朝出た。はっきりした原因菌がわかったから、それに合った別の抗生剤に切り替えるよ」
「副作用が少なくて、効果がある薬に、ってことですか?」
「そう。今度の薬は、昨日のより身体への負担も少ないはず。もちろん、合わない可能性もゼロじゃないけど、今よりずっとリスクは低い」
横にいた滝川が補足するように口を開いた。
「培養で出た菌は、比較的感受性がはっきりしててね。こういうケースでは早めに薬を確定させられると、予後もいいんだ」
「……よかった」
雪乃の声は、ほっとしたというより、「まだ安心するのは早い」と自分に言い聞かせるような響きがあった。
神崎はその微かな揺れを感じ取り、彼女の手元に視線を落とす。
「薬は昼前には準備が整うから、今日の午前中には投与再開する。点滴の前には看護師が説明に来るし、また何か異変があったらすぐ教えて」
「……はい」
「心臓の雑音も、昨日と比べて変わりないか聴かせてもらうね」
聴診器を当てながら、彼女の鼓動に静かに耳を傾ける。
不整脈はなく、雑音の性状も昨日と変わりなし。悪化の兆候はない。
「変わりなし。むしろ、少し落ち着いてるかもしれない。熱が下がってきた証拠かな」
聴診器を外しながら、神崎は雪乃の顔を見た。
彼女の目が、わずかに神崎の視線を追うように動いたのを、彼は見逃さなかった。
滝川が腕時計に目をやりながら、軽く頷いた。
「午後にもう一度、経過観察に入る。何かあったら、ナースでも俺でも、すぐに知らせて」
「ありがとうございます」
神崎は一歩だけベッドのそばに近づいた。
「——大丈夫。ちゃんと良くなっていくから。無理せず、今日もゆっくり過ごして」
言葉に込めたのは、医師としての確信と、彼女を支えたいという静かな願い。
雪乃は小さく頷き、ふと神崎の白衣の袖を見た。
「……先生、寝不足です」
思わず、神崎は笑ってしまった。
「患者にまで指摘されるとは、ね、滝川先生」
滝川も笑いながら肩をすくめる。
「寝ろって、前から言ってるだろ。ほんとに」
和やかな空気が、一瞬だけ病室に流れた。
それは、ほんの小さなことかもしれないが、病と向き合う日々においては、確かに前進するための光でもあった。
昨夜は眠れたようでいて、浅い夢を何度も見た。
医師という立場でありながら、一人の人間として彼女のことが頭から離れなかった。
それでも、病室のドアを開けるときには、いつもの表情でいることを意識する。
「おはようございます、大原さん」
「……おはようございます」
雪乃はベッドに背を預けていた。目元に少し疲れの色は残っていたが、落ち着いた様子だった。
そのすぐ後ろを、滝川が続いて入ってくる。
「おはよう、大原さん。調子どう?」
「昨日よりは……平気です。夜、ちゃんと眠れました」
神崎は軽く頷きながら、タブレットを操作し、今朝のバイタルと血液検査の結果に目を通す。
発熱はようやく37度台に落ち着き、炎症反応もやや下がってきている。
「昨日の抗生剤、少し副作用が出たのは残念だけど……血液培養の結果が今朝出た。はっきりした原因菌がわかったから、それに合った別の抗生剤に切り替えるよ」
「副作用が少なくて、効果がある薬に、ってことですか?」
「そう。今度の薬は、昨日のより身体への負担も少ないはず。もちろん、合わない可能性もゼロじゃないけど、今よりずっとリスクは低い」
横にいた滝川が補足するように口を開いた。
「培養で出た菌は、比較的感受性がはっきりしててね。こういうケースでは早めに薬を確定させられると、予後もいいんだ」
「……よかった」
雪乃の声は、ほっとしたというより、「まだ安心するのは早い」と自分に言い聞かせるような響きがあった。
神崎はその微かな揺れを感じ取り、彼女の手元に視線を落とす。
「薬は昼前には準備が整うから、今日の午前中には投与再開する。点滴の前には看護師が説明に来るし、また何か異変があったらすぐ教えて」
「……はい」
「心臓の雑音も、昨日と比べて変わりないか聴かせてもらうね」
聴診器を当てながら、彼女の鼓動に静かに耳を傾ける。
不整脈はなく、雑音の性状も昨日と変わりなし。悪化の兆候はない。
「変わりなし。むしろ、少し落ち着いてるかもしれない。熱が下がってきた証拠かな」
聴診器を外しながら、神崎は雪乃の顔を見た。
彼女の目が、わずかに神崎の視線を追うように動いたのを、彼は見逃さなかった。
滝川が腕時計に目をやりながら、軽く頷いた。
「午後にもう一度、経過観察に入る。何かあったら、ナースでも俺でも、すぐに知らせて」
「ありがとうございます」
神崎は一歩だけベッドのそばに近づいた。
「——大丈夫。ちゃんと良くなっていくから。無理せず、今日もゆっくり過ごして」
言葉に込めたのは、医師としての確信と、彼女を支えたいという静かな願い。
雪乃は小さく頷き、ふと神崎の白衣の袖を見た。
「……先生、寝不足です」
思わず、神崎は笑ってしまった。
「患者にまで指摘されるとは、ね、滝川先生」
滝川も笑いながら肩をすくめる。
「寝ろって、前から言ってるだろ。ほんとに」
和やかな空気が、一瞬だけ病室に流れた。
それは、ほんの小さなことかもしれないが、病と向き合う日々においては、確かに前進するための光でもあった。



