夢を見ていた。舞台は中世ヨーロッパ。郊外にある一軒家に、外国人の母親と僕は暮らしていた。
「街でバラを売っているでしょう。あれを1輪買ってきてくれるかしら?」
と母親が言ったので、僕は仕事の帰りに街を歩き回り、バラ売りを探した。
辺りはすっかり暗くなっていて、各々、テラスでビールを飲みながら、ソーセージにかじりついていた。
通りを一本抜けると、やけに煌々とした道が現れ、リアカーを押しながらバラを売り歩いている女性を見つけた。
「すみません、1本いただけますか?」
バラ売りの女性は、フードのようなものを被っていて、顔がよく見えなかった。
バラを持って帰ると、母親はバラの葉を何枚か切り落として、水を入れた一輪挿しに挿した。
「いい香りね。次も今日と同じところで買ってきてもらおうかしら」
と母親は言って静かに眠った。
僕は母親が眠っているのを横目に、バラの匂いをかいでみた。
たしかにいい匂いがする。
でも、すぐにこれはバラだけの匂いじゃないことに気づいた。
あの女性がつけていた香水。その匂いだ。
翌朝になって街へ出ると、昨日と同じようにバラ売りの女性がいて、僕は女性に声をかけた。
「すみません、バラを1本いただけますか?」
女性はやはりフードで顔を隠していて、よく見えなかった。
「実は昨夜もあなたのバラを買ったんです。病気で寝込んでいる母のおつかいでね。しかし、いい香りがしますね」
「……バラとはそういうもんです」女性が初めて口を開いた。とろとろと、透明感のある朝露のような声だった。
「香りのしないバラなんて、バラじゃありません」
「香りのしないバラだって、品種によってはあるんじゃないでしょうか?」
「さあ、そこまでは知りません」女性は伏し目がちで言った。
「でも、バラの真価が問われるのは、その見た目よりも、香りにあると私は信じています」



