ホリー・ゴライトリーのような女





マックは、まだ朝メニューの時間で、鹿波は甘じょっぱいグリドル系のバーガー、僕はマフィン系のバーガーを注文した。小判型のハッシュドポテトが1枚付き、ドリンクはローストコーヒー。それをテイクアウトで鹿波の支払いで店を出て、さっき歩いてきた道中を引き返す。てっきり店舗で食べるのだろうと思った。


鹿波について行くと、アパートの前まで来て、そこを通り越して、河原まで来た。『東京の怪物』が棲む、いつもの河原だった。夜とは違って、昼間見る怪物も、なかなかの怪物っぷりで、見下ろされながら、僕たちは河原の遊歩道へと降りる階段に座り、買ってきたものを広げた。


「私、上京する前は、バイト三昧だったの」とグリドル系のバーガーにかぶりつきながら、鹿波が言った。


「中学の時、レンタルビデオ店で借りてきた『プラダを着た悪魔』を観たの。メリル・ストリープやアン・ハサウェイが魅力的で、ポータブルDVDプレイヤーほどのサイズの画面が、煌びやかに、鮮やかに見えて、こういう世界を描いてみたいと思ったの。でも、それは演じることでも、演出する方でもなくて、何か自分に興味があることで、サポートしたいって気持ちになっていて。きっと、学生時代の私の気質に基づく選択だったのね。私の中学時代は、目立つような感じじゃなくて、常に一人でいるような女の子だったわ。だからと言って、いじめられるわけでもなく、本当にいるのかいないのかわからないみたいな、そういう女の子。卒業アルバムってもらうでしょ? 私が映っていた写真は、クラスの集合写真と、名前の上にある証明写真、あとは『総合』って授業があったんだけど、その時無理矢理2人組を作らされて、車椅子に実際に乗って、学校の外周を周って、車椅子の人の気持ちを知るみたいな、そういう授業で乗った車椅子の写真の3枚だけだったの。卒業アルバムの後ろの方のページには、大体、寄せ書きを書くスペースがあるんだけど、私の卒業アルバムは、そのページが真っ白で、見かねた担任の先生が、『誰か、鹿波さんの卒業アルバムにも何か書いてあげて』ってクラスのみんなに言うのよ。それで仕方なく書いてくれた数名の『ありがとう』とか、『高校でも頑張ろう』とか、そういうものしかなかった。今思うと、かなり悲惨よね。ああ、私の中学3年間って、そういう3年間だったんだって思ったわ。私、『プラダを着た悪魔』を観た時、同じだって思ったの。映画をクラスに例えると、サッカー部とか、バスケ部とかの陽キャみたいな人たちが俳優で、そんな陽キャを引き立てる美術部とか、ボランティア部のようなスタッフがいて、皆をまとめる担任の先生が映画監督ってところかしら。メリル・ストリープやアン・ハサウェイは、たしかに魅力的だったわ。でも、魅力にさせているのは、彼女たちの演技だけじゃないって気づいたの。私の場合は、メイクの力なんじゃないかって。私みたいな人間がいないと、この映画は成り立たない。そう思ったら、すっごくこう、胸がぞくぞくってしたの。こんな感覚、初めてだった。将来、そういう仕事をしたいなって思ったの。高校は普通科偏差値50ちょいくらいの進学校に行ったんだけど、そこで私はバイト漬けの毎日を送ったわ。コンビニや、飲食店、工場みたいなところ、いろんなバイトを経験したわ。でも、ああいう気質だから、接客をしても『なんか暗い』って言われるし、飲食店や工場でも周りとコミュニケーションがとれなくて、パートおばちゃんから目をつけられて、散々いびられたものよ。それでも、私はクビになるまでやめなかった。なぜだかわかるでしょう? その先に目標があったからよ。映画の専門学校へ行くための学費と、アパートの初期費用、当面の生活費を稼ぐためにね。高校の時の卒業アルバムもほとんど真っ白だったけれど、私は後悔していない。むしろ、卒業できたことがとてつもなく嬉しかったの。不安はあったわ。それは将来に対する不安や親元を離れて一人暮らしをする不安というより、周りに馴染めるかどうかの不安だった。だから、私はあの時、声をかけた。あなたに『こんにちは』って。あなたはそのことを覚えてなかったわよね。でも、あの時私は、生まれてから一番緊張したし、一番勇気を振り絞っていたと思う。それから学校に入学して、新入生歓迎会であなたを見た時は驚いた。その時、私は一人でいて、目の前にある唐揚げとか、たこわさとか、そういうのには手をつけられず、最初に注文したビール1杯をいかにしてもたせるか、そんなことを考えていたわ。そこで、あなたがああいう騒ぎを起こした。幹事の人に詰められて、吐きそうになって、トイレに駆け込むあなたがいた。そんなあなたを見て、周りは嘲笑したけれど、私はいいなって思ったの。映画に出てくる主人公みたいに輝いてるって、そう思ったのよ」