死ぬと決めた僕は、学校に行かなくなった。電気を消した45000円の1Kアパートで、スマホの灯りを頼りに、いつ、どこで、どうやって死のうかと考えた。できることなら、誰にも迷惑をかけない死に方を選ぼうと思った。でも、どう考えても、誰かには迷惑をかけてしまうことに気づき、いや、そもそも誰かの迷惑を考えられる余裕があることに気づき、思った以上に僕は大丈夫なんだなと気づいた。
でも、もう決めたのだ。僕は死ぬ。
日にちは、2月3日に決めた。6月に麻雀をやった時、使っていたサイコロを2個振って、出た目が2と3だった。つまりは、6月6日までには死のうと決めて振ったわけだが、2月。思った以上に早かった。
死ぬのは簡単だ。でも、問題は2月3日まで、どうやって生きるかだった。
食料はほぼ、底をつきかけている。新しくタバコを買う余裕もない。消費者金融で借金をとも思ったが、その返済が家族に行くのは、いくらなんでも親不孝過ぎると思ってやめた。アルバイトは見つからない。でも、見つけなければ2月3日まで生きていけない。僕は、必ず2月3日に死にたかった。自分で決めたことだ。せめてそれだけでもやりきりたかった。
ベッドの上で、アルバイトを探す日々。食事は、スーパーで買い込んだ5キロの米と、パスタの乾麺を中心に、ツナ缶、卵、豆腐などを使って自炊した。そこで僕は、様々な創作料理を覚えることになる。初めて上手に卵焼きが焼けたのも、この頃だった。
中でも中毒性が高いと思った食事は、ツナマヨと甘めに味付けした炒り卵を2色そぼろのように丼ご飯の上に乗せ、追いマヨネーズと醤油をかけたものだった。これを僕は、「猫のエサ」と呼んで、週に1度は食べた。ツナマヨと甘めの炒り卵とご飯をぐっちゃぐっちゃにかき混ぜて、食べる。食べ終わった後は、もうこんな飯、二度と食わないと誓うのだが、次の日になったら、また食べたくなっている不思議。
死ぬと決めた人間が、こんなものを食べてしまっていいのだろうか。



