ホリー・ゴライトリーのような女





鹿波はきっと、こう言いたかったんじゃないかと思う。「あんたがそのまま不貞腐れたままだと、しなしなのちくわの磯部揚げだけが残ったのり弁になっちゃうよ」と。僕は観る人のことを何も考えていなかった。その周りで支えるスタッフのことも、もちろんまったく考えていなかった。勝手に不貞腐れて、しなしなになっただけだ。弁当を作った人は何も悪くない。僕だけが悪いのだ。そのせいで、のり弁という評価を落としかねない、とんでもないことをしている。


プライドは持っていていい。でも、時には捨てることができるプライドこそ、価値あるプライドなのだ。


僕は自分の頬を2回パンパンと叩いて、台本を読み込んだ。今更何の罪滅ぼしにもならないが、せめて台本は頭に入れておこうと思った。あとは、自分らしく。さっきと同じシーンの撮影が再開して、僕は「よーい、はい!」という金井さんの声で、胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけて吸い、ふーっと煙を吐いた。そして、さっき頭に入れたセリフを言う。何の抑揚もない僕のセリフは、至極自然に紡がれ、周りの空気を満たす。「はい、カット!」という金井さんの大きな声が聴こえて、脱力する。金井さんが、「めちゃくちゃいい! 完璧!」と声を弾ませた。これでいい。僕を演じるなら、このシーンはこう振る舞うのが僕だ。


その後も撮影も、僕は僕のことを一生懸命考えた。こういう場合、僕はどう僕で在るべきか。これはまるで俳優の道を志すと決めた、1年前の僕と同じだった。未来の僕の姿を思い浮かべる中で、一番ディテールがしっかりしていたのが、俳優だった。教師でも、柔道整復師でもない。担任の先生に大学受験をしないことを伝えた。担任の先生からは、考え直すようにと言われた。キミは、教師になるべき人間であると、何度も言われた。説得は担任の先生以外にも広がり、ちょっとした騒ぎになった。日本史の先生が、「教師を演じるつもりで、教師になればいい」と言った。その言葉が、僕の内に秘めていたものすべてが溢れ出すトリガーになった。「あなたたちの評価のために生きているんじゃない!」と毅然と言い放った。長く重い沈黙が会議室を包んだ。そして、担任の先生がポツリと言った。


「後悔しないか?」


僕はまっすぐ目を見て、「後悔しません」と答えた。


今思えば、あの時の僕は、何の飾りもない、真の僕だった。