ホリー・ゴライトリーのような女





今年もお盆がやってきた。お盆中の電車はかなり空いていて、思わず車内の写真を撮ってしまったほどだ。


上京して初めての実家帰省の1枚はそんなものから始まって、これでは何のために10万近くもする一眼レフカメラを買ったのだかわからない。


東京駅には2、30分ほどで着いた。さっきまで空いていた電車内とは打って変わって、辺りはスーツケースを持った人たちでごった返している。理想はこうだ。本屋で読む文庫本を1冊買って、朝マックをしながら優雅にページをめくり、そろそろというところで新幹線口へ行き、新幹線の自由席で缶ビールでもやりながらゆったりと帰る。


そんな理想、この時期に抱けば、たちまち崩れ去る。


周りのどこを見ても、人、人、人で、目で追おうものなら、たちまち巻き込まれるスパイラル。抜け出せない、抜け出せない。かと言って、周りに入ってくるすべての景色に新鮮味を感じ、口をぽかんと開けて眺めているのも、なんだか田舎者のように見えて、気に入らない。結局は上京したての頃のように無関心でいるのがいいのだろう。纏いしオーラによって、周りすべてのものをゼロに戻す。そうすれば自然と冷静になれるし、冷酷にもなれる。


東海道新幹線。自由席の乗り場は、思わず「あちゃー」と声が出てしまう。まったく想像しなかったわけではないが、この行列。小学生の頃、遠足から帰ってきてすぐのウォータークーラーの前のそれと似ている。ホームには屋根があっても、東京の夏は蒸すように暑い。行列に並ぶと、前を並んでいる女性の、化粧と香水と汗が混ざったような匂いが鼻を突く。男にはない特有の匂いで、ワキガのような匂いに比べればだいぶましではあるが、臭いものは臭い。これを、新幹線が入ってきて、乗客を降ろした後に入れ替わりで入って行く掃除の係の人の掃除が終わるまで待たなければならない。仮に乗れたとしても、自由席1両につき、この行列だ。座れる保証はない。


だったら、1本遅らせようか。それはそれで、気が滅入る。まだ涼しいデッキでしゃがんでいるほうがましかもしれない。しかし。5時間超、ずっとデッキでしゃがんでいるのも、想像するだけで気が滅入る。一番いいのは、この行列の中で座れるのがいいのだが、果たして。