ホリー・ゴライトリーのような女





もんじゃの食べ放題の店が、当時あった。今はもう焼き肉屋かなんかになっているはずだ。


そもそも、もんじゃを食べたくなることなんか、ほとんどないと思う。現に僕は、あの日、バイト先のメンバーで食べたもんじゃが今のところ最後に食べたもんじゃで、この先の人生、別にもんじゃを食べなくても別にいい。昔は駄菓子屋なんかで出していたらしいもんじゃだが、僕が生まれた頃にはおそらくもうほとんど残っていなかった。言ってしまえば戦後の食糧難を支えた食べ物で、懐かしさや物珍しさこそあれど、好んで食べるようなものではない。一応、粉ものということになるのだろうか。粉ものは割と好きだった。たこ焼きにしろ、お好み焼きにしろ、僕は大好きで、特にお好み焼きは、月に2、3度は食べないと気が済まない。たこ焼きもお好み焼きも、焼く技術が大事で、素人が下手にやると、たちまち粉を使ったクズが出来上がる。しかし、もんじゃに焼く技術は必要ない。材料だけ揃えて、あとは客に好き勝手焼かせればそれでいい。味の評価も、そこについてくる。誰が焼いても同じ味、もんじゃのどこに尊敬の念を抱けるというのか。


これだけでも十分乗り気にならない理由を物語っているが、理由はもう一つある。


「おい、どうした。飲め飲め! ほら、中山も王さんも!」


比嘉さんがいることだ。バイト先一の嫌われもの、比嘉さん。後で話を聞けば、王さんが誘ったらしかった。僕も、もちろん中山さんも、夕勤の梨本さんですらも比嘉さんのことを心底嫌っていた。しかし、王さんだけは違った。王さんには嫌いな人はいなかったし、誰かの文句を言っているのを僕は聞いたことがなかった。それは比嘉さんに対してもそうで、比嘉さんとシフトに入った時、「みんなでもんじゃ食べに行くけど、来る?」とナチュラルに誘ってしまったらしい。別に王さんは悪くない。問題は誘われた比嘉さんで、誘われたのだから、普通に返事して来ればいいものの、「もんじゃかぁー俺よくわからないんだよね。まあ、行けたら全然行ってやるよ」と上から目線で、ああ。嫌いだ、比嘉さんって感じ。可愛げがない。もんじゃくらい尊敬の念を抱けない。


そんな比嘉さんの振る舞いに、中山さんは終始不機嫌で、あの優しい王さんも、ちょっと引いている節がある。しかし、梨本さん。態度に表さず、それこそ比嘉さんが言うようにぐびぐびお酒を飲んでいる。飲んでいるものはそこまでアルコール度数が高いものではなかったが、白いカバからみるみる赤いカバになっていく。お酒を飲んで紛らわそうとでも言うのか、梨本さん。気持ちはわかるが、その後がいけなかった。


「中山さん、ほら、これ! 私はこれが食べたいの!」


と、中山さんの顔にメニューを押し付けている。ぐいぐいと。そんな梨本さん、目が完全に据わっていて、ああ、まずいと思った。今にも窒息しそうな中山さんの腕を掴み、赤いカバは、その生えそろった綺麗な歯で、思いっきり噛んでいる。


「痛い! 痛い! 痛い!」


と中山さんが足をバタバタさせながら悶絶し、王さんが苦笑いで中山さんから梨本さんを引きはがそうとしている。しかし、梨本さん。今度はその王さんの腕を掴み、ガブッ! 王さんが「痛たたたっ!」と悲鳴をあげる。それを見て笑う比嘉さん。最悪だ。最悪の飲み会。


結局、「バンジージャンプを全裸でしたい!」と騒ぐ梨本さんを王さんがタクシーに無理矢理乗せて、飲み会はお開きとなった。僕はタクシーが離れていくのをボーっと見ながら、もんじゃ。なかなかやってくれるじゃないかと思っていた。正直、あの時食べたもんじゃの味はもう覚えていない。