しばらくトイレで吐いた。便器に両手で抱え込むようにしてしがみつき、少し湿った水色タイルの床に、膝まで折って、しゃがみ込んだ。
ポケットからフリスクを取り出し、2、3個口へ運ぶと、少しだけ楽になった。
「あーあ、吐いちゃってるよ」とドアの向こうから幹事の女の声が聴こえ、また周りから笑いが起きた。「ダッサー!」とか「逃げたぞ!」なんて声まで聴こえる。そんな言葉がまた、胃液の海を時化させ、情けない嗚咽と共に、吐しゃ物が出た。そしてまた笑いが聴こえる。一向に止む気配のない笑いに、僕は『ブーメラン』という皮肉を思い出した。なんて華麗なブーメランなのだろう。恥ずかしいやら、情けないやらで、思わず泣けてきた。しかし、ドアの向こうにまだいるであろう幹事の女に聞こえないよう、必死に押し殺して泣いた。
最悪の夜だ。いっそのこと誰か僕を殺してくれ。
そんな願いは空しく、胃液は逆流していく。苦いようでほんのり甘いそれが口中に広がって、慌ててまたフリスクを2、3個口へ放り込んだ。すると、やはり少し楽になって、息苦しかった呼吸が少しずつだが、正常に戻っていく。
便器の水を流し、洗面台で手を洗い、口をゆすぎ、顔を洗って、ペーパータオルで拭いた。濡れた前髪が、今流行りの韓流スターのそれを彷彿とさせる。自分で言うのもなんだが、顔はいい方だと思う。だから俳優志望なわけだが、エチュード一つできないなんて、向いてないと言わざるを得ない。



